愛をかたちに









 もうすぐバレンタイン。
 そう、もうバレンタインの季節なんだ。
 モテない暦=年齢の俺には関係ない、でもめちゃくちゃ気になる日。
 今年は特に意識する。

 恋人ができて初めてのバレンタイン。


「でも現実問題、バレンタインには会えないんだよね」
 村田に突かれコンラッドとの仲がバレてしまって早半月。バレンタインが近づいてきて、俺は村田に「チョコは送らないのか」と聞かれたのだ。
 答えはもちろん「送らない」。
 だって送りたくても同じ世界の住人ではないのだ。送りようがないだろう。
「それに男がチョコを送るってどうよ」
 それって嬉しいものなの?
 たとえ恋人でも男が男にプレゼントって、想像しただけでも不気味。俺はそんな砂糖菓子みたいな愛は受けつけない。
「ウェラー卿なら喜ぶと思うけどな」
「コンラッドは何してもにこにこしてるじゃん。何言っても笑ってくれるよ」
 彼はものすごく優しい人だから。

「そうかな、…人が限定されてると思うけど」
 村田の言葉は有利の耳まで届かなかった。
 どうして物事はウェラー卿にこうも都合よく流れていくのか。つい彼の呪縛を感じて仕方ない。たとえば誰かがウェラー卿の黒魔術現場を目撃したと聞いても、村田はそれを信じるだろう。

「渋谷がチョコを贈ったらものすごく喜ぶと思うけど」

 おそらくそうだろうと有利も思う。
 でも、やっぱり改めて物を贈るのは気恥ずかしい。

 それに…

「俺がバレンタイン前チョコレート売り場を歩いてみろ、絶対誤解されるッ!!」
「誤解も何も当たってるじゃないか。彼氏にプレゼントするんだろ?」
「彼氏って言うなあああぁ」
 はたしてこれは本当に照れなのだろうか。
 有利が感じた戸惑いを察して村田が訊ねる。
「もしかして恥ずかしいの?恋人が男だってこと」
「うっ…」
 誤魔化そうと思ったがもう遅い。完璧に村田に悟られてしまった。

「そういうことは早く言ったほうがいいよ」

「ぇ、何で…?」

 こういうのは言わないほうがいいだろ。
 だって「あなたと恋人なのは恥ずかしい」なんて言ってみろ、傷つけるに決まってるじゃないか。

 有利が首を傾げたのを見て村田は深い溜息をついた。
「軽い気持ちなら付き合わないほうがいいよ。同性なんだから洒落にならない」
「ど、どういう意味だよッ!!俺が軽い気持ちで付き合ってるとか、そんなわ、け…そんなこと、あるわけないだろッ」
 何でそんなこと言うんだよ。
 わけわかんねえ。

 村田がじっと俺を見て、俺は自分が何を言っているのかわからなくなった。

「…怒鳴ってごめん」

 村田はふっと笑って手を差し出した。
「チョコ買いに行こうよ。きっと喜ぶよ」
 コンラッドの喜ぶ顔。
 想像しただけで、会いたい衝動にかられる。
 村田の手を受け取って、もう一度「ごめん」と謝った。


「お詫びに僕にもチョコ買ってね」


 前言撤回、俺は何も悪くない。




 ピンク、ピンク、ピンク。

 どうしてバレンタインはピンク色なんだ。

 ピンクは女の子の色。少女趣味のお袋のせいで幼少時代の写真はエプロンドレスの女装姿のみ。そんな俺にはピンクは強敵だった。
 赤やオレンジやピンクは女の子の色だと思う。
 お袋は「青いシャツばっかり」って俺のセンスをなじるけど、かまうもんか女色のシャツを着るよりいくらかマシだ。

 なんでここはこんなにピンクなんだ。

 バレンタインのチョコレート売り場は男が入っちゃいけない領域だと思う。
 お菓子売り場の板チョコまで女の子の領域と化している。
 さっそく俺はここに来たことを後悔した。
 なんでよりによって一緒にいるのが村田なんだろう。バレンタイン直前に男と二人チョコレート売り場ってありえない。
「堂々としてればいいんだよ、渋谷」
「俺にはそんなことできない」
 だって周りはふわふわな女の子ばかり。恋に浮つくくすぐったい心。そんな心が伝わってきた気がして、俺は俯いた。恥ずかしいけど、その気持ちはとてもよくわかる。
 俺も大好きな人がいる。
「ほら早く買ってきなよ」
「…うん。ってなんでそんな遠くで手振ってるんだよ」
「だって恥ずかしいじゃん」

 他人事だと思いやがって。

 適当にチョコレートを掴んでレジまで走った。
 俺の隣りにいた女の子はきっと不思議な顔してこっちを見ていることだろう。
 今年最初の恥だと思った。できることなら人生最後の恥でありたい。

「お疲れ」

 村田の労いが今はとても恨めしい。裏切られた気持ちでいっぱいだった。

「どうも」


「ビニール袋に入ってるよね?ちゃんと縛った?じゃあ行こうか」
 どこまでも村田道を走らされる。
 手を強く引っ張られて、そのまま俺たち二人は近くの公園まできた。いつだったか来たことがある公園だ。
 見覚えがある噴水を通り過ぎて、これまた見覚えがある池まできた。
「まさか今から?」
「もう自分の力で行き来できるんだ。いつでも自分の好きな時に行っていいんだ。あ、でも向こうに行くときは僕に一言言ってね」
 心の準備も息を止める準備もできていなかったのに、どんっと強い力で背中を押された。

「うわっ」

 いったいどうやって向こうに行っているんだろう。俺にはまだ魔力の使い方がよくわからない。
 水たまりを踏んだからって向こうに行くわけじゃないし、行きたいなあなんて思いながらお風呂に入っても何も起きない。
 眞王の力で行き来しているときはまだ理解できた。彼の力が働いたときだけ移動できる。シンプル且つ分かりやすい。
 でも俺が自分で行き来している今は、どうやって力が働くのか分からなかった。以前村田に聞いたことがあったが、すっきりした答えはもらえなかった。

 水音も聞き取れない。




 気がついたらお馴染みの眞王廟中庭の噴水。
 水草に絡まれながらの登場だ。
「陛下!?」
 高いソプラノの声に迎えられ、俺は情けない格好で「どーも」と挨拶した。
「チョコは無事?」
 のんきな声が後ろの方からして、俺はヤツを恨まずにいられない。
「いきなりはやめろ村田。鼻に水草入ったらどうしてくれるんだよ」
「きっと爆笑だね。長く眞魔国に伝えられるよ」
「そんな伝説はいりません」

「陛下」
 コンラッドがいきなり目の前に現われて、俺は村田を叩いていた手を止めた。
「なん、で?…今回はお迎え早いね」
「ちょうど眞王廟に用があったので来てたんです。そしたらウルリーケが来ると予見されて」
「すっごいタイミング」
「きっと眞王が恋のお手伝いをしたんだよ」
 神様の思し召しじゃなくて眞王ってとこがミソだ。眞王の名前があがるととてつもなくリアルに感じる。

「それはなんですか?陛下」

 足もとでぷかぷか浮かんでいたビニール袋を指さしてコンラッドが尋ねてくる。
 さっそく核心を突かれて俺は焦った。
「これは、えっと…その、ね…」
「渋谷から君へプレゼントだよ」
 しどろもどろになっている有利を尻目に、ぬけぬけと村田は言った。
 言われてしまって反射的に村田を狙って蹴りを入れた。するとその足はそのまま宙を蹴ることになり俺はすべって転んだ。
 村田は読み切ったとばかりにゆっくりとした動作で噴水から出て、振り返りVサインする。

「俺にくれるんですか?」

 ひょいとコンラッドが水草まみれのビニール袋を拾い上げ、中味をしげしげと観察する。
「チョコだよ」
 コンラッドが首を傾げる。
 たぶん明日がバレンタインだと知らないからだろう。
 それもそうだ。こちらの人間に地球の暦がわかるはずがない。
「大切なこと言ってないじゃん…アタッ」
 村田が余計なことを口にしそうだったので、拳をボディーに入れた。
 コンラッドは俺と村田のじゃれ合いが一通り終わるのを見計らってから、俺に「ありがとうございます」と最高の笑顔を向ける。

「陛下、今日はヴォルフラムが地方に行っていて留守なんですよ」

 本当に嬉しそうにコンラッドはそう言った。





 と、いうことは?

「A.今夜は二人きりですよ」

 いつの間に夕方になったんだろう。
 外はもう暗くなり始めていて、俺はコンラッドと二人部屋にいた。そしてなぜか俺はコンラッドに押し倒されているのだ。
「チョコレートありがとうございます」
「お礼を言われている身なのに下って…」
 そうぼやくとコンラッドに「騎乗位がいいんですか」と訊ねられ何も言えなくなってしまった。

 どちらともなく顔を近づけてキスをする。
「コンラッド今さっき食べたばかりだろ」
「おいしかったです」
 スーパーのチョコレート売り場に量産されてた安物だが、コンラッドは本当に嬉しがってるように見えた。

「うん、甘いね」

 チョコレートの味がする。



「俺一度やってみたいことがあったんですよね」
「何?」

 ごそごそとコンラッドがどこからかチョコレートの包みを取り出して、ひとかけら自分の舌に軽く乗せる。

「はひゃ…っ…」

 ぺろりと胸かざりを舐められ、べっとりとしたチョコレートの感触を覚える。甘いチョコの匂いがした。
 体温で溶けかかったチョコレートがコンラッドの舌で全身に塗られる。
「これでリボンがあったら完璧ですね」
「ははは、俺がプレゼントみたいな?」
「有利チョコ、量産されてたら困りますね。全部買い占めなきゃならない」
「浮気はしないよ」
 コンラッドの舌が肌から離れて、顔を上げたのがわかった。
 じっと優しい眼に見られて、明かりのある部屋で裸になって抱き合っていることが恥ずかしくなった。

「有利、俺からもチョコを受けとってくれませんか?」

「…うん」

 何をされるのだろうと、ぼんやり考えながらうなずいた。
 でもコンラッドは深い意味で言ったわけではなかったらしく、目の前に差し出されたのは不恰好な丸い物体。チョコレートの甘い匂いがその物体からも漂っていたので、有利は慌てて受けとった。
「わざわざ俺のために来てくれてありがとうございます」
 だってバレンタインだから。
 そんなことは死んでも言えない。恥ずかしすぎる。
 恋人のために遠い所から駆けつけることは恥ずかしいことじゃないと思うけど、でもなんだかそれを言うと自分が女々しくなるような気がして言えなかった。

 眞魔国のチョコレートってどんな味がするんだろ。

 コンラッドが有利の上からどいて、体を起こした。そうじゃないとせっかくのチョコレートが食べられない。
 起きるときに自分の半勃起したナニを見てしまって、その光景から目を逸らすように貰ったチョコレートを口に入れた。
「甘っ…、なんだ普通のチョコレートだ。眞魔国のチョコレートってどんなだろってドキドキしたのにけっこう普通の味じゃん」
 心なしか明治チョコあたりに似ているような。
 有利の笑顔を見て安心したのか、コンラッドがまた有利を抱き締めて、首筋をぺろぺろと舐め始める。
 くすぐったくて、口に入れたチョコレートが落ちそうになった。
「べったべたする」
「ベタベタしましょう」
 出た、親父ギャグ。
 一瞬体を固まらせたが、コンラッドが不思議に思う前になんとか戻った。
「…ちょっと気持ち悪いかも」
 甘い匂いが部屋に充満しているのも手伝って、チョコレートのねっとり感が全身に感じられては、まあそうなるのも時間の問題だっただろう。
 コンラッドは何も言わず舌を這わせ続ける。
 しばらくしてようやくチョコレートを舐めていることに気がついた。
「…っはぁ…あッ…ん、…ゃン」
 コンラッドの温かくて大きな手がペニスに触れて、びくりと有利は体をちぢこませた。
「恐い?」
 ぶんぶんと首を横に振る。
 本当は少し恐かったが、自分が肯定するとコンラッドは自分を押し殺してでも行為を中止するのを知っていた。
「…恐く、な…ぃ……から…ぁ」
 俺のために自分を殺さないで欲しい。
 俺だってコンラッドのわがままを聞いてやりたい。
 俺ばっかり見守られているのは嫌だった。二人で手を取り合って生きてる感じがしない。
 コンラッドが欲しいなら、望んでいるなら、俺はしてあげたいし、与えたい。
 だってそれが恋人だろう?

「…っふ」
 ペニスを舐められて体を大きくのけぞった。
 反射的に声を殺そうとして唇を噛みしめる。最初にされたチョコレート味のキスを思い出す。
「だ、だめぇ…コンラッドぉ俺…も、ぅ…イっ…」
「いいです、出してください」
 頭がチカチカして急に脱力した。
 ぶしゅっという冗談ではすまされない音が聞こえて、クチュクチュといやらしい音もした。
「…の、んだ…の?」

「チョコレートの味がしますよ」

 そんなことあるはずないのに信じられそうな気がした。
 チョコレートにまみれて、チョコレートの匂いに身を包まれた今なら精液も甘い味がしてもおかしくないのかも。
 そんなはずはないのだ。
 でもコンラッドは躊躇わず俺の精液を飲んでくれた。
 温かいコンラッドの唇や舌は気持ちよかった。
 なら俺だってお返しがしたい。
 コンラッドを気持ちよくさせたい。
「俺も、…する」
 止めようとするコンラッドを無視して俺は体を起こした。コンラッドが寝転んでもまだベッドには余裕があるのを確認して、押し倒す。
 コンラッドの股間に顔を近づけて四つん這いになって俺は軽くキスをした。
 チョコレートの匂いの他に精液の匂いも混じっている。でもコンラッドのものだと思うと口に含むのも躊躇いがなかった。
「有利、汚いですよ」
 コンラッドの言葉を無視して、自分のものよりも成熟したそれを口いっぱいに頬ばる。
 苦い。
 ちっともおいしくはなかった。
 慣れていないせいか、半勃ちしたペニスはそれから大きくなることはない。

 俺、すごい下手くそなんだ…。

 でもここまできて引き返すわけにもいかない。
 頑張るしかなかった。

「…っ」
 うなったかと思うと、ようやくコンラッドが射精にいたった。
 苦い精液の味が口の中に広がって、つい咳き込んでしまった。
 チョコレートの味は微塵もしなかった。
「だから言ったのに。大丈夫ですか」
 頬っぺたにもかかった自分の精液を舐めて、コンラッドは有利の顔を綺麗にしようとする。
「…口の中に入ったのもとりましょう」
 そう言いながらベッドの脇へ手を伸ばしたかと思うと、チョコレートをまたひとかけら口に含んだ。
 チョコレートが置かれた舌がまた侵略してくる。そう思うとぞくりと背中に何かが伝った。
「ん…ぁ…っふ……」
 チョコレートの味がする。
 精液の匂いもまだしているけど、チョコレートが濃密な甘さを出して、嫌悪感を薄めてくれた。

 大分楽になった。

 でも喉が渇く。

 そう思ったとき生温かい液体が流れてくる。水分を求めていたので有利はそれを迷うことなく飲み込んだ。
 飲み込んでから気がつく。今のは唾液だ。

 気付いたときはびっくりしたが飲んでしまったあとは、なんでもなかった。


「チョコレートの味がする」





「来年のバレンタインよろしくお願いしますね」

 コンラッドに腕枕されながら情事の後の睦言を交わす。
「うん…ってバレンタイン知ってたの!?」
「そうじゃなきゃ有利にチョコを用意できませんよ。有利のオトモダチに板のチョコレートを頼んでたんです。それとバレンタインの時には有利をこっちに誘導してくださいって」
「村田にそんなこと頼んでたの!?」
 実はグウェンダル直属の部下に一日休みを与える条件付きだったがそれは内緒にしておく。
 お互いの利益のための同盟の存在はあくまで秘密裏にすませるのだ。

「ね、ちなみに明治の板チョコ?」

「当たりです」


 コンラッドの吐息から薄くチョコレートの甘い香りがした。




☆FIN☆





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