「いつかは」と言ってくれていたように、ユーリ達が訪ねるとハルルの街の長は快く出迎えてくれ、
「お花見にはこれでしょう」と弁当まで用意してくれた。


 花が満開のこの季節、ハルルの結界魔導器の力は弱まってしまう。できたての生暖かい弁当箱を受け取ったあとに、
思わずユーリは「街の護衛のための足止め料なんじゃないのか・・・」とぼやきそうになったが、大喜びしている仲間の
様子を見れば口をつぐまざるを得なかった。

 それに、昼食代が浮くことに変わりは無い。


 できればごちそうになった分のカロリーを消費するような事態にならなければいいなと思いつつ目的の樹へ足を運ぶと、
すでにそこは大勢の花見客であふれていた。

 ハルルの樹は少し見頃を過ぎたぐらいで、すでにちらちらと花弁が舞い落ちていた。
 花びらが手元のお重の中に落ちているのにも気づかずに大騒ぎしている人々の姿を見て、
「これがお花見か?」と口にしなかったのは褒めてほしいと思う。

 その後、場所を確保したユーリ達がお腹を満たした頃には、すっかり大騒ぎの仲間入りを果たしていた。






*






「あれ、もう水筒が空っぽだ」
 声を上げたカロルが誰かお水ない?と周りにたずねた。
「無いわよ。ご飯食べたらすっからかん」
「ごめんなさい、わたしも」
「おっさんも飲みきった後」
「無いぞ」
「バウッ」

 必然的に誰かが宿に水をもらいに行く事態になってから、カロルがじっとこちらを見つめてきた。
 他の面々の視線もなぜかこちらに集まってじっと見つめてくる。

「・・・・行けばいいんだろ行けば」


 やれやれっといった様子で仕方なく承諾すると、なんとも軽いノリで「よろしくー」と手を振りながら
送り出されてしまった。
 オレはいつからあいつらの使いっ走りになったんだと思いつつも律儀に人数分の水筒を持って
ユーリは丘を降りていった。




 人ごみの間をかき分けながら進んでいると、ふいに正面からこちらへ来た人影とぶつかってしまう。
 謝ろうとユーリが顔をあげると、目の前にいたのはよく見知った姿だった。


「ごめんなさい!まさかユーリだとは思わなくて」
「おまえなにやってるんだこんな所で」

 
 肩にかかるほどの長さで、ちょうど今咲いている花と同じ色をした髪を振り乱すほど頭を下げてきたエステルは、
ユーリ以上に驚いたようだった。
 


 ぶつかる直前のエステルの姿を思い返しつつ、ユーリはめったになく焦った心を落ち着けようとしつつ声をかける。


「こんな人が多い中で足元見ながら歩いてたら、誰かとぶつかるに決まってるだろ」
「はい!そうでした本当にすみません」
 そういえばこいつはいつの間にかいなくなってたなと思いつつ、ユーリはエステルの頭を左手のこぶしで軽く叩く。
 右手は預けられた人数分の水筒の紐と剣を納めた鞘をつかんでいて、塞がっていたからだ。

 気を取り直してたずねる。


「なんでこんなところでほっつき歩いてたんだおまえは」
「はい。いえ、咲いているハルルの樹もきれいですけど、地面にたくさん落ちた花びらもすごくきれいだと思って」


 それで足元をじっと見ながらふらふら歩いてたのかおまえは。

 ばかだな、とのどまで出かかった言葉を飲み込んだのは「すごく」辺りにやたらと熱のこもったエステルの口ぶりと目が
感動を物語っていたからにちがいない。


 すこし呆れたユーリの表情に気づいたからか、エステルは顔を赤くして慌てたように「ごめんなさい」と
もう一度謝罪を口にした。







「『花は盛りに』っていう言葉があるんですよ。ユーリは知ってますか?」


 ついでだからと水を汲むのに手を貸してもらってから、戻る道すがらエステルと話しつつユーリは歩いていた。
 エステルの問いかけにユーリはいいや、と首を横に振る。

 興味がなさそうなユーリに気づいているのかいないのか、エステルは特に気にするでもなく話し続ける。


「すごく昔に書かれた日記にある言葉なんです。言葉の後に続く文を読めばわかるんですけど、
  「満開の花を見たりするのもいいけれど、咲いていない枝や、
   もう散ってしまったあとの様子にも、見るところがたくさんある」
って。日記を書いた方がそうおっしゃっているんです」



 あいかわらず熱のこもった語りように、夢中なあまりまた人にぶつかって、
今度は抱えている水筒をおっことさなきゃいいなと笑みを浮かべつつ、ユーリは
耳を傾けていた。


「それで、わたし気づいたんです。お花を見るだけが、お花見じゃないのかもしれないって」
「それで、落ちた足元の花びらを見ながら歩いてたら、前方不注意でオレとぶつかったってわけか」
「そうです・・・・ごめんなさい」



 先ほどまでの熱のこもったしゃべりと打って変わって、指摘された内容に一気に落ち込むエステル。
 ユーリは「わかったならいい」と苦笑した。





 ただ、もう一つ付け加えた。

「あんまり一つのことに夢中になりすぎるのもほどほどにしろよ。肝を冷やすのは周りなんだからな」


 ま、言っても無駄だろうけどなとユーリがあきらめ半分で言った言葉をどう受け取ったのか。



 エステルは一瞬驚いたように目を丸くすると、なぜかとてもうれしそうに顔をほころばせて
「はい!」と返事をする。




 なぜこいつはこんなに喜んでいるのかと疑問に思いながらも、まあしょげているよりはいいかと
ユーリは一人で勝手に結論付けた。








 相変わらずうれしそうな笑みをうかべるエステルを隣りに、ユーリは満開のハルルの樹の下へ
歩み寄っていった。














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