かわだりょうご
第一章 宇宙の護美
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仕事を終えた私は、会社へと帰る。会社へ戻る道のりは、普段は忙しくて見ることが出来ない、空の様々な表情を伺うには打って付けの時間だ。
空は色々な表情を見せてくれる。ありきたりな言葉だが、同じ雲の形は二度と見られない。今日見た空と明日見る雲は、必ず変わる。だが、結局、私達はそれを常に空と呼び、雲と認識する。たとえどんなに空が表情を変えようが、ごみが空に浮いていようが、私達は自らの頭上にある、ただの空間を空と呼ぶ。
「カゴシマタワー、こちらオオバ12。RKへ接近中。」
管制課の声が即答する。
『オオバ12、レポート、ロミオキロ。』
「RKで報告、了解。」
今日の空は青く澄み渡った春らしい空模様。この春の空を見るのもこれで三回目。私は社会人三年目を迎える。
『オオバ12、風一五〇度方向から七ノット。滑走路三四への着陸を許可します。』
「滑走路三四への着陸支障なし、了解。」
管制課からの誘導を受けながら、私はいつもと同じ、変わらない毎日の繰り返しに思いを馳せる。コックピットから見る春の景色が三回目ともなれば、着陸一つとったところで、緊張もしない。
だからと言って、突然、必然性もなく宇宙人が攻め立ててきたり、自我の眠れる超能力に目覚めたり、その様な突拍子も無い変化を望んでいるわけではない。
ただ、なんとなく、味気の無い毎日だと思うことがあるだけだ。
滑走路へと機体を滑らせ、管制課からの通信を受ける。
『オオバ12、ランウェイ三四へ着陸。グランドと121.7MHzで交信してください。』
とりあえず、午前中の仕事はこれで終い。後は機体をスポットに移動させて、資材課と整備課の連中に任せればいい。
機体を駐機場に落ち着かせ、私が静かなコックピットから空港の喧騒が鳴り響く外へ降りると、そこには先輩が天使の笑顔を携えながら出迎えてくれていた。
「お疲れ様、詩織ちゃん。気象衛星の調子はどうだった?」
先輩の肩より長い、細く柔らかな髪がふわりと風に揺れる。
「管制課の報告書通り、パネルに大きな穴がありました。デブリ痕から見て、剥げた塗装か何かの小さなデブリにやられたんだと思います。」
私の黒髪ショートカットは風の意向を無視している。
「修理は上手くいった?」
と、先輩。
「観測通り、壊れていたのはパネルだけだったので、部品換装だけで済みました。故障から数十分しか経っていませんでしたし、気象庁に影響は無かったと思います。」
私の背後ではうちの会社の整備課が、私の宇宙往還船“ライカ”を格納庫へと運び、午後のフライトに備えるための準備に取り掛かり始めた。
「先輩のほうはどうですか?」
「午後からは私も飛ぶ予定。出航手続きもデブリ選定も午前中に何とか終わったから。」
でかい貨物車の警笛や誘導員のホイッスル。なんだかわからない機材の回転音やら、どっかの航空会社の旅客機のエンジン音が滑走路を走り、その甲高い音があたりに響き渡る中、後続にはロケットが自分の番は今か今かと待ち構えている。
宇宙旅行、宇宙建築、宇宙医療、宇宙葬。遥か空を各個企業が所有する衛星とそれに伴う宇宙のごみ、スペースデブリが飛び交い、誰もが宇宙に行けるほどには開拓されていない時代。
これが私達の生きている時代だ。
「失礼します!」
私と先輩の間に、記憶に無い女性の声が割り込んできた。
目をやると、一人のスーツ姿の女性がここには似合わないヒールで立っている。ポニーテールを頭の後ろでなく横で結っていて、色々な書類を抱えている。
出来ない女に違いない。
「おい。ここは関係者以外立ち入り禁止だ。」
私は手をひらひらと揺らし、“あっち行け”と猿にでもわかる用にジェスチャーで伝える。
「あっ、いえっ、」
理解の不足する女だな。
「出口ならあっちだ。」
「そのっ、私、」
「なんだよ。」
すると女は九〇度を越すのではないかと思われるくらい大きく上半身を曲げ、お辞儀をした。
「今日からこちらでお世話になる事になりました、天宮霞です! よろしくお願いします!」
私は反射的に先輩のほうに目を動かす。
しばしの沈黙。
すると、変な女は頭だけを起き上がらせ、小さな声を出した。
「…えっと。」
その女は私のパイロットスーツの腕に刺繍されているオオバ社のロゴと先輩の胸の社員証を交互に見る。すると先輩は思い出した事を伝える定型、軽く握った拳をぽんと手のひらで打った。
「詩織ちゃん、新入社員よ。」
そういえば、何日か前に研修が明けた新入社員が私と先輩のクルーに加わるって聞いた記憶があるような。
新入社員であろう女は曲げていた体を跳ね上がらせ、馬鹿みたいに大きく口を開けながら、再びお辞儀をした。
「よろしくお願いします!」
そんな彼女に先輩はにっこり笑いかけ、
「私は春日美羽。航宙課でこのクルーの主任を任されてます。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
その女は再びお辞儀。
「パイロットスーツ着ているこの子は沢月詩織ちゃん。同じクルーよ。」
「よろしくお願いします。」
そして、お辞儀。
…おう。
先輩が悪戯に吹く春風に遊ばれる髪を片手で押さえながら、
「これからよろしくね。」
と、そう言って手を差し出した。
その柔らかくきめの細かい先輩の手をこの女は無下に握り返そうと自分の手を伸ばした。書類を抱えていることを忘れたかのように。
当然のごとく、書類は重力に引かれ、散在し、春一番が吹く中、書類の回収作業が開始された。
「午後のフライトは詩織ちゃんと霞ちゃんで組んでもらうわ。」
まさに天使のスマイルで先輩は私を奈落の底に突き落とした。
「何でですか!」
苛立ちの声を出す私。
書類を集め終わり、滑走路から引き上げた私達はオオバ社が所有する空港内区画の航宙課オフィスにいる。ちなみに、私はパイロットスーツから私服に着替えた。
「私も単座のライカで空に上がってバックアップするから安心して。」
「いや、そういうことじゃなく…。」
書類を拾っている時に悟ったね。あいつとは馬が合わない。動物的勘という観点から見ても、意気投合はありえないと警鐘を鳴らしている。
回想してみる。
…
「なんで私がかき集めなければいけないんだ。」
私が書類をかき集めながら愚痴をこぼすと、天宮霞はばつが悪そうに、
「…すいません。」
まったくだ。
「ほら。」
そう言って、彼女に私がかき集めた書類を渡す。
「あ、ありがとうござい…。」
渡された書類に目を落とし、
「…私の書類が…。」
と、声のトーンを落とした。
「なんだよ、ちゃんと拾ってやったろ。」
「何も、握りつぶさなくても…。」
そう言いながら、くしゃくしゃになった書類を丁寧に一枚一枚開いている。
「パイロットスーツを着てるんだから仕方ないだろ。」
紙みたいに薄いものをしわ無く取れるわけ無いだろうが。
「でも、動きづらくても、やり方はいくらでもあるはずです…。これは単に拾い方が大雑把なだけで…。」
「!」
その後、先輩の仲裁により事なきを得た。
…。
はい、回想終了。
「なんであんな新入り、いきなり使うんですか。」
「詩織ちゃんだって、この仕事が猫の手も借りたい状況なのは知ってるでしょ? 大丈夫よ。新人と言っても詩織ちゃんと同じ、ミッションスペシャリストの資格を持っているんだから。それに、早く仕事に慣れてもらわないと私達も困るでしょ?」
と先輩、ウィンク。
「…それは。」
私が先輩の背後、天宮に目をやると、能天気に自分の新しい机をいじくっていた。
私のその視線を先輩が辿り、
「可愛くていい子じゃない。霞ちゃん。」
「そういうのはMS資格なんか取らずに秘書とかやってればいいんですよ。」
天宮霞か。
「おい、天宮。」
見ると、自分の机に書類を綺麗に並べていた。
「はい。なんでしょうか。」
「お前、EVAはどこまで出来るんだ? 簡単な仕事くらいは出来るんだろうな?」
私の言葉を理解していないのか、彼女は困った顔を作り始めた。
「あの…私、“いーぶいえー”じゃなくて、宇宙で船外活動をするのが専門でして…」
「! MSの資格持ちにEVAできるかって聞いたらそういう意味だろうが!」
私は拳で机を叩いた。何人かがこちらを見たが、私が喚くのはもう慣れっこなのか、事も無げに仕事を再開する。
「す、すいません…。そうでした。」
やれやれ。
「一応…基本的な部品の修理、交換を研修で習いました…。」
「今まで何時間出た?」
「船外活動は全部で八時間五六分です。」
訓練校出たてのホヤホヤじゃないか。
「わかった。もういい。行くぞ。」
「行くってどこにですか?」
「お前のユニフォームをもらいに行くんだよ。付いて来い。」
先輩に新しいパイロットスーツを受け取りに行く旨を伝え、私は天宮を連れ、総務課へと足を運ぶ。
「でも、飛行機から宇宙服。なんでもあるんですね。オオバ社って空港の中全部に会社を入れてるんですか?」
天宮は軽快な足取りで私の後ろからしゃべりかけてきた。
「本社は別にある。オオバ社の航宙事業部がここの空港の地下に敷き詰められてるんだ。要するに、本社連中は一等地のビルで仕事をして、私達現場組みは三等地で毎日仕事ってわけさ。」
「他の会社もそうなんですか?」
「どこも似たようなもんだよ。宇宙の便利屋なんて、オフィスは汚いし、仕事はきついし、現場は危険だ。おまけに給料も安い。出世なんて考えるな。」
「沢月さんって意地悪ですね…。」
うるせぇ。
「ほら、ここで注文して来い。」
私は総務課の前で足を止める。すると、天宮も足を止める。
「あの、一緒に来てくれないんですか?」
「あのなぁ…。ここで待っててやるから、さっさと行って来い。」
新しい土地、新しい環境。初めてで不安なのはわかるが、いちいちそれに付き合ってやれるほど私はお人好しでないからな。
天宮が総務課でパイロットスーツのオーダーを済ませるのをぼけ〜っと待つ私。
やる事の無くなった私は、総務課の前で靴紐を結びなおしたり、向かいの壁の掲示板に書かれている社内報をここからどこまで見えるかチャレンジしたりしていた。オオバは今年で設立五〇周年か…。
「お待たせしました。」
天宮が総務課から出てきた。
「オーダー表はもらったか?」
「はい。」
「なら、パイロットスーツを受け取りに資材課に行くぞ。」
私は資材課へと歩き出す。ひょこひょこと天宮も私の後ろを付いてくる。
「でも、宇宙服って言うから、てっきりオーダーメイドかと思ったんですけど、出来合いのもので済ますんですね…。」
そういって総務課から渡されたパイロットスーツのサイズが書かれた引き換え用紙をぺらぺらと手の中で遊ばせていた。
「当たり前だろ。いつの頃の話してるんだ? 今は二〇七七年だぞ。人類が初めて月に行った頃から一〇〇年以上経ってるんだ。宇宙で働く者が増えている今とあの頃は違うんだ。」
「それもそうですね。私が宇宙の仕事に携われている時点で時代が違うのかもしれないですね。」
あははっと頭を掻きながら天宮は笑った。
ふぅ〜ん…。
「なんで、お前はこの会社に入ったんだ。」
何驚いた顔してるんだよ。入社面接の時、似たようなこと聞かれただろうが。
「私、取り得とか、特技とかそういうの、あんまりなくって。でも宇宙には出てみたかったし…。」
「宇宙に出たくて、人手不足で危険なこの仕事を選んだのか? 宇宙に出たいだけなら、普通のOLでもやって、少し生活を切り詰めてコツコツ貯金すれば行けないことも無いだろ。」
すると天宮はしばらく考え込み、唸って、ようやく口を開いた。
「直接宇宙に潜って、感じてみたいんです。」
「感じるって何を?」
「この世界がどういう処で、どんなものに包まれていて、どんな表情をしているのか。重力を振り切って、自由の世界の中でどこまでが自分なのか感じたいんです。」
天宮は曇り無き眼で力強く私を見てきた。
「なにが自由だよ。」
私は鼻で笑って見せる。
「〜…。私何かおかしなこと言いましたか?」
「別に。おかしくは無い。ただな、」
天宮は見て取れるほどふてくされていた。
「お前もわかるようになるさ。宇宙って言ったって重力から解放されることも無ければ、そこには自由なんて無いって事がな。」
資材課に着いた私達は天宮の宇宙服を受け取りに行く。
「本物の宇宙服…なんですよね。」
天宮はパイロットスーツの肩部分を両手で掴みながら、見入っていた。
見入るほどのものか? 昔の宇宙服がスマートになっただけだろうに。
「研修の時に被らされたろ?」
「でも、やっぱり、自分専用のものとなると、意味合いが変わってきますよ。」
そういうものだろうか。
「昔は、高価な人工衛星も関係なく使い捨てだったんですよね。」
パイロットスーツを上から下から見ては、この女はそんなことを言った。
「あぁ。昔は宇宙に人を送るのには莫大な金が掛かったし、私達みたいな宇宙の便利屋なんてやりたくてもやれなかったんだな。」
今じゃ人工衛星は修理、点検、再利用は当たり前。それどころか、宇宙のごみ、スペースデブリを回収したり、地球に落として廃棄したりと、宇宙の仕事は後が尽きない。
「それより天宮。パイロットスーツ受け取ったな。」
「はい。」
「じゃあ、午後から仕事だ。」
「はい?」
「無理です! 私、まだ今日来たばっかりで!」
午後、パイロットスーツに着替えた天宮は戸口から離れようとしない。
「うるさい。宇宙に上がんなきゃ仕事にならないだろうが。」
私は天宮の腕を引っ張るが、抵抗を受ける。
「でも、一人で操縦して宇宙に上がるなんて…」
それを聞いて先輩が、
「大丈夫。今日は詩織ちゃんが複座のライカで飛んでくれるから、霞ちゃんは後ろに座っていればいいわ。」
「AL―71って複座もあるんですか?」
私は口を挟む。
「ライカだ。」
「え?」
私の“ライカ”発言に頭に疑問符を浮かべる天宮。
「パイロットなら、型番で呼ぶなっ!」
戸口から天宮を引っぺがし、泣き喚くこいつをライカの後部座席に座らせる。
「大丈夫ですよね?」
と、天宮。
「何が。」
と、私。
私は天宮のヘルメットの装着が正しいか見てやり、操縦席へと座る。
後部座席から、再び天宮の声。
「事故とか…。」
「バードストライクのことか?」
「なんですかそれ?」
「離陸時にエンジンに鳥を吸い込んで、最悪墜落する事故のことだよ。」
後ろを振り返り、天宮を確認すると、忙しなく手に人の文字を書き綴っていた。
私は管制課の奴と連絡を取り、ライカを滑走路へと滑らせる。
「カゴシマタワー、こちらオオバ12。」
『オオバ12、滑走路はランウェイ一六手前で待機。』
「ランウェイ一六手前で待機、了解。」
相変わらず手に人を書いては飲み込んでいる後ろ。
『オオバ12、ランウェイ一六に入って待機。』
「ランウェイ一六に入って待機、了解。」
いつまでも人を書いている天宮に私は声をかけた。
「おい。出るぞ。減圧症に掛かりたくなかったらヘルメットを下げとけよ。」
「はっ、はい。」
ライカを一六番滑走路へと移動させる。
『オオバ12、風150度方向より風速6ノット。ランウェイ一六からの離陸を許可。』
「滑走路一六からの離陸支障なし、了解。」
『オオバ12、ディバーチャート ワン・ワン・ナイナー・デジマル・フォーで交信せよ。』
「ディパーチャート119.4MHzで交信、了解。」
『いってらっしゃい。』
離陸準備をしている後ろで天宮が感嘆の声を漏らしていた。
「仕事になると、やっぱりちゃんとするんですね…。」
「おい、ゲロ袋はもったか?」
「もぉ! 酔い止めならさっき飲みました!」
天宮はふてくされ、頬をぷーっと膨らました。
「そいつは結構。」
私はライカのスロットルを徐々に上げていく。甲高いエンジン音が更に高まる。
滑走路一帯にライカの甲高い声が響くと、堪え切れなくなったライカは滑走路を勢い良く走り出す。私の体はシートへ押さえつけられる。
「ミリタリー推力。」
エンジンの咆哮が高鳴り、流線型をした巨体な鉄の塊を浮かせようと、更に加速する。
「アフターバーナー点火。」
ジェットエンジンの排気口は大きく開き、青白い炎が轟音とともに長く伸びる。
「時速一八〇キロ。」
加速が増し、私のついていかない背中をライカが力強く後押しする。ものの数秒でライカは二〇〇キロ近い速度を叩き出し、激しく地面をこするタイヤ音がコックピット内に響く。
「二一五キロ…二七〇。」
二七〇キロを越えた瞬間、力強く地面を蹴り上げ、爆発的な推力と、白き翼で作り出される揚力を利用し、ライカはその体躯を宙に浮かせた。
「離陸。」
それはどこか生物的な白い塊が鳥の翼になった瞬間。ライカは自らの体を宙に浮かせ、高度を上げていく。
「ギアアップ。」
空では使わない足を体にしまいこみ、速度を上げる。
「時速七二〇キロ。」
両翼からは雲が尾を引き、ライカの軌跡を示す。
「垂直上昇開始。」
私はライカを青空の天辺に向かせ、高度を一気に上げていく。
一〇分も経たない内に高度一五〇キロに到達。
「カゴシマディパーチャー、こちらオオバ12。現在高度四九万二千フィート上昇中。一一五万フィートを指示されている。」
『オオバ12、了解。一一五万フィートを維持してください。レーダー誘導を開始します。』
「オオバ12、了解。」
ライカを指定の高度まで上げていく。すると、
「すごい…。」
天宮が唐突に呟いた。
「すごいすごいすごい! 見てください、沢月さん! 地球ですよ!」
「あぁ、綺麗だろ。」
「はい! やっぱり、写真なんかとは全然違います。」
この高度じゃ地球全体を見る事は出来なくとも、地球の青さ、丸み、宇宙に包まれている地球を感じることはできる。
回線が先輩と繋がった。
『詩織ちゃん、ポイントに向かうわ。仮想水平線を地球に合わせて、ポイント軌道まで加速上昇。』
「了解。」
先輩のライカが先頭を飛び、その後ろをついていく。
地球ばかり眺めていた天宮が、私に質問をしてきた。
「あの、沢月さん。今から行う作業ってなんですか?」
「あぁ、回収作業だよ。」
「一体何を回収するんですか?」
「デブリだ。」
「デブリの回収、ですか? デブリってごみのことですよね? 廃棄じゃないんですか?」
「使えそうな材料とか、そういうものがある場合は回収して再利用するんだ。」
「そのデブリは何かに使えそうなんですか?」
「さぁな。送られてきた資料を読む限りじゃ、そうは思えなかったが。」
天宮は腕を組んで黙考した。
「じゃあ、なんでそんなものを?」
「デブリ回収はそのデブリに定められた環境点数に応じた額が支払われるのは知ってるだろ。」
「はい。連合が協議して定めてるんですよね。」
「あぁ。けど、所詮官僚の数字だ。必ずしも費用に見合った点数が付いてるとは限らない。デブリを回収するといっても私達は慈善団体じゃないんだ。赤字にならない為にも、良い点数の物を選ぶ必要がある。そんな感じで、この用途不明なデブリ回収の仕事も私達の知らないところでなにかあったんじゃないか?」
うちの会社のポストを天下り先にする代わりに、数字の良いデブリをまわしてもらう。とかな。
「そんなことの為に、意味も無いデブリに高い環境点数つけて回収させるっていうんですか! 一体誰がそんな事を!」
「知らねーよ。どうせ私達の仕事はデブリを回収したり、衛星を修理するだけだしな。」
「信じられない! 点数欲しさに、そんな事するなんて…!」
「これも仕事だ。割り切っちまえよ。」
後ろでおとなしく座っていればいいものを、天宮はバックミラーに映るように顔をハッチに寄せて、私の顔をミラー越しに覗いてきた。
「点数の為にデブリ回収なんておかしいですよ。私達は宇宙の安全と平和の為に仕事をしているんじゃないんですか。」
私は鼻で笑ってやった。
「そんな事で平和になんかならないっての。」
「〜…そういう事をやろう、大事にしようって気持ちが大切なんです…。デリカシーの無い沢月さんにはわからないかもしれませんが…。」
「なに夢みたいな事語ってるんだよ。」
「いけませんか。大体、沢月さんは、」
『はい、そこまで。二人とも。現地に到達。対象とのランデブドッキングを行うわ。』
先輩から通信が入る。
目の前には太陽電池パネルを除けば全長二メートルほどのデブリが静かに浮かんでいた。
『霞ちゃんの言う事もわかるけど、どんなデブリだろうと、危険なことに変わりないわ。わかるわね?』
天宮はしばらくの間を置いて、
「〜…わかります…けど…。」
と、曖昧に答えた。
ライカとデブリはゆっくりと近づき、ドッキングを終える。
「ほら、行くぞ、天宮。」
私はコックピットのハッチを開放する。音は無い。ここは音も方角も無い宇宙だからだ。
「先輩、バックアップお願いします。」
『了解。霞ちゃんのことお願いね。』
私は背中にある姿勢制御スラスターを動かし、前方の対象デブリに接近する。
「天宮、こっちへ来れるか?」
『やってみます。』
そう言って、スラスターをひよっこなりに動かし、ゆっくりとこちらに辿り着いた。
「命綱がライカに繋がってるんだから、もっと思い切りのいい移動をしても大丈夫だ。」
『はい…。でも、わかっていても、やっぱり怖いです。』
まぁ、最初はこんなもんか。
『沢月さん、これがデブリなんですか?』
デブリと指定されていたのは、まだ真新しい人工衛星だった。
「先輩、これの回収で間違いないですね?」
『えぇ、間違いないわ。』
私は衛星の周りをぐるりと回り、その衛星の正体を確かめる。
地球儀と五稜郭のマーク。
『あのっ、待ってください。私、まだそんな技術っ。』
天宮はまだ宇宙を思うように動けないようだ。衛星にへばり付いて喚いている。
「宇宙の飛び方は、自転車をこぐみたいになれるしかないんだ。溺れてでも体に覚えこませろ。」
『そんな事言っても…。』
天宮は衛星から動けないでいる。
「もういい。回収作業に移るぞ。」
『あの、私は何をすればいいでしょうか?』
「ライカのコンテナに入るようにこいつを分解する。私は反対側に行く。お前はそこの分解から始めろ。」
『…やっぱり、回収しなきゃ駄目ですか?』
「ったく! お前まだそんな事言ってんのかよ!」
『だって…』
「これも仕事だって言ってんだろ。」
『わかってます。わかってますけど…。沢月さんは嫌じゃないんですか?』
「何が。」
『点数のために回収するって事がです。だって、宇宙には修理が必要な衛星や、もっと危険なデブリがたくさんあるって言うのに。』
「これもデブリに違いないだろ。だったら、それを廃棄なり回収なりするのが私達の仕事だろ? 違うか。」
『いえ…。』
「依頼主の思惑がどうであれ、宇宙からごみを減らすことには変わりない。」
『そうですね…。わかりました。』
高度三〇〇キロでの分解作業が始まる。最近の衛星は回収や点検のことを考慮し、簡単な構造が取られている。この衛星も最近のもので分解の難易度はそう高くない。新入りの初仕事には丁度良い。
「こっちは終わった。そっちはどうだ?」
私からの無線を聞いた天宮が返答をする。
『まだもう少し時間が掛かりそうです。』
ったく、仕方ない。手伝ってやるか。
私は軽くスラスターを吹かし、天宮の作業場所へと移動する。
「どこまで出来たんだ?」
『ジョイントの開放までです…。』
…最初の工程じゃないか。
「わかった。手伝ってやるから。さっさと仕事を終わらせるぞ。」
『すいません。』
パイロットスーツが従来の宇宙服よりスマートになったとはいえ、可動範囲に幾分か制約が掛かる。それに環境は無重力だ。慣れていないと地上では五分で出来る仕事も、一時間掛かってしまうこともある。
『でも、このデブリ、なんなんですかね。点数のために回収するって割に、物は最新の物ですし。かといって、どこか壊れているようにも見えませんし…。』
天宮はもたもたと手を動かしながら、分解作業を行っている。
『一体、どこの物なんでしょうか。』
「エイシアサテライト社のだろう。」
私は衛星の端末機を取り出し、制御系のプログラム入力を始める。
『あの衛星メーカーの?』
天宮の怪訝そうな声。
「あぁ、五稜郭のマークも確認した。」
制御系以外のプログラムは、予想通り、プロテクトが必要以上に何重にもかけられている怪しげなファイルがいくつもある。
『エイシアのこの真新しい衛星が壊れて、もういらなくなったから、…その…、点数用デブリとして丁度いいって事だったんですか?』
天宮に端末の画面を見せてやる。
「見ろよ、ここ。こいつのシステムは今も生きている。見たところ、外傷も無い。つまり、デブリなんかじゃない。正常に作動中の衛星だ。」
『え…?』
「あるんだよ、そういうのが。表向きにはデブリにしといてくださいって衛星がな。」
彼女の手が止まる。
『それって。』
「軍事衛星だろ。国際共同開発で次世代衛星開発計画を管理してるのがエイシアって事くらい、ニュース見てりゃ知ってるだろ。」
『なんでそんな物が!』
「同盟国が宇宙にこういった衛星を上げて切磋琢磨してくれるおかげで、どっかの国が悪い事をしようとしても、未然に防いでくれるだろ。まったく。やつら、自由の擁護だ平和維持だ、なんて言っといて、やってる事はこういう事なんだからな。ま、私達の国も同盟に入ってるんだから文句は言えないか。」
『ちょっと待ってください!』
天宮が私の手の中の端末を奪い取ろうと、こちらへ手を伸ばしてきた。
「何すんだよ。」
新入りの馬鹿な行動を回避し、姿勢を立ち直らせた私と違って、こいつはしばらく、くるくると回り、姿勢を戻すのに苦労していた。
『だって、軍事衛星ですよ!? 兵器なんですよ!? そんなもの回収してどうするんですか!』
「だったら放っとけって言うのか。」
『そういう事じゃありません。こんな物の為に、修理を待っている他の衛星の順番が後回しになるなんて、おかしいって言ってるんです!』
何言ってやがる。
「良く考えろ。国際共同開発の軍事衛星とそこいらの衛星。比べ物にならないだろ。」
『比べるまでもありません! 戦争の兵器とどっちが大切かなんて!』
「何馬鹿な事言ってるんだ。世界のミリタリーバランスを考える衛星だぞ。国と国とが折り合いつけて暮らして行く為の衛星だ。」
『こんな兵器があるからそういう複雑なことになるんです! こんな兵器、いっそ本当にデブリになっちゃえばいいんですよ!』
なんだと…!
『宇宙は国や人種、重力からも解放される、自由の場所なんです! それを戦争の為に利用するなんて!』
「何ガキみたいな事言ってるんだ! 昨日今日、空に上がった新入りが、知った口を聞くな!」
『こういう事に、先輩も新入りも関係ないです! 宇宙は自由って事は誰もが知っている当たり前の事じゃないですか!』
「ここには柵もあれば、国もある! 宇宙ってところはお前が思ってるほど自由じゃないんだ!」
『だったら、沢月さんは戦争の道具なんかを回収するって言うんですか!』
「それが仕事だって何回言ったらわかる!」
『沢月さんは仕事だったら、人をも殺すんですか!』
「なんでそうなる!」
『だって、兵器なんですよ! 人を殺さない兵器なんて無いのに!』
私達は地球を周り、夜側に入った。
太陽の光は徐々に薄れていき、宇宙本来の姿が私達に訪れる。
「…。」
『…。』
互いの息遣いが聞こえるのみだった。
「兵器は自分達の身や自分達の国を護る道具だ。そうやって人は平和を護ってきた。」
『人を殺す道具で、人を護って…なんで平和になるんですか。馬鹿みたい…。』
天宮の顔が、暗くて見えない。
『ここからは国境なんて見えないのに…。』
「…。」
私は端末のエンターキーを押した。
衛星は大きく四つに分解した。
「…ミッション終了。分解の全作業工程が終わった。あとは積むだけだ。」
天宮は分解した衛星から離れ、宇宙空間を漂っている。
「天宮。お前の仕事でもあるんだぞ。」
『〜…。』
「もう、いい。お前はライカに戻ってろ。後は私一人でやる。」
天宮をコックピットに座らせ、私は一人、ライカのコンテナに分解したパーツを移動させる。
回線を先輩に繋げる。
「先輩、ライカと衛星の軌道データをリアルタイムで送ってください。」
少しの間。
『詩織ちゃん、一人で大丈夫?』
間。
「えぇ。あんな新入りとやるより、一人のほうが早いくらいです。先輩にはバックアップをお願いします。EVAは私の仕事ですから。」
『まだ推進剤、酸素残量はだいぶあるから、ゆっくりで大丈夫よ。』
「了解。」
ライカに衛星のパーツを積み込みながら、天宮の様子を横目で伺う。
おとなしく座っている。
「天宮。」
『…はい。』
「お前、何で宇宙に来た?」
『…私は…。』
彼女は言葉を詰まらせた。
『私は…。』
―沈黙。
「お前、さっき、人を殺さない兵器は無いって言ったな。」
『…。』
私はライカへパーツを積み込みながら、会話を続ける。
「その昔、ロケット兵器を開発した科学者がいた。フォン・ブラウンって男だ。フォン・ブラウンってのは、今から一三〇年以上前の第二次世界大戦時、ナチスをスポンサーに“V2ロケット”っていうロケット兵器を開発した科学者だ。大勢の命を奪うそのロケット兵器が着弾した日、フォン・ブラウンがこう言ったんだ。“ロケットは完璧に動作したが、間違った惑星に着地した。”それから二十数年たって、フォン・ブラウンはサターンロケットでアポロを月に送ったよ。」
天宮はうつむいたまま耳を傾けているようであった。
「今、お前の乗ってるライカにも、戦争の兵器と同じ技術が使われてるんだぞ。」
私はパーツのライカへの積み込み作業を終わらせ、コックピットへ乗り込む。
天宮は相変わらず黙ったままだった。
「カゴシマコントロール。こちら、オオバ12。降下準備に入る。」
『オオバ12、こちらカゴシマコントロール。各システムのデータリンク開始。これより、大気圏突入コースの誘導を開始する―。』
「何馬鹿な事言ってるんだ、お前?」
と、私。
地上に戻ると天宮はまた頭がお花畑のような会話を始めた。
「トースターと大砲にも同じ技術が使われているって事ですよね。」
「何の話だ?」
私は眉間にしわを寄せた。
「春日さんに聞いたんです。そしてわかったんです。沢月さんは平和という名の未来を創る為に、あの軍事衛星を回収したんですよね。フォン・ブラウンの話も、私にそういう事を伝えたかったんですよね?」
「平和という名の未来…? 何、クッセェ事言ってるんだよ。」
空港地下にある航宙課のオフィスに私の笑い声が響き渡る。
「違うんですか?」
「違うに決まってんだろ。」
「じゃあ、何のために沢月さんはあの衛星を回収したんですか?」
私は溜め息一つ、深呼吸一つした。
「…宇宙開発ってのは、私達のような最前線の人間が切り開いていくものだろ。だから、仕事の選り好みなんて出来ないんだ。だれかがやらなければいけない仕事なんだよ。」
「…。」
「私には平和なんて関係ねェさ。宇宙開発さえ進めばそれでいいんだ。」
すると、天宮霞は顔を次第に赤く染めていった。
「どうしてそうなるんですか! 平和は大事でしょ!」
「何だよ平和って! 平和になれば宇宙は開拓されるのか!」
「自由と平和の無い宇宙なんて開拓しても意味無いです! どうして沢月さんはそう自分勝手で粗野でがさつで!」
「お前だって頭花畑のガキじゃねぇか!」
「〜…!」
オフィスの奥で先輩は私達をにこやかに見ていた。
第二章