元カノ
「そういえば、海蘭さんは伯爵とご結婚されたのですよね?」

いつの間にか、紫苑は海蘭の隣の席に座っていて、問いかけた。

「そうなのよぉっ♡」


「それはおめでとうございます」

大気は嬉しそうにしている海蘭に、祝いの言葉をかけた。


「じゃあさっき一緒にいたのが旦那? いいのか、放っておいて」

「大丈夫よ。ホラ、あそこで本読んでるカレ。読書が好きなのよ。――あ、気付いた」

星野の問いに答えながら、海蘭は離れたテーブルについている男性の方を示す。

海蘭の結婚相手の伯爵は、ドウゾドウゾごゆっくり――と身振りで伝えている。


「そういう紫苑こそ、プロポーズされてるんだって?」

「まぁ。そういうの、どなたが広めるのかしら。私は誰にも言っていないのに」

伯爵から自分たちのテーブルに向き直り言った、海蘭の質問に、紫苑が眉をひそめる。


「あんたがバッサバッサと男たちを振るからよ。一体誰のプロポーズなら受けるのかって、みんな興味津々なのよ」

「結婚なんて、重くて。気楽に殿方とお付き合いしているのが楽しくてラクチンだってだけなのに」


「ねぇねぇ、夜天くん、お友だち?」

どこの星でも、女子同士のお喋りは、横から口を挟む隙などないもの。

急に現れて、ライツとは知り合いらしいが、誰かよく分からぬまま、話が進んでいく。

うさぎがチョイチョイと服の袖を小さく引いてきたことに気づいた夜天が寄せた耳に、うさぎは尋ねた。


「どなた? スターライツ様の侍女さん?」

うさぎはコッソリ聞いたつもりだったが、紫苑は目ざとく気づいた。

「メイドが話も振られていないのに、口を挟むなんて失礼よ?」

海蘭もうさぎのことに、はじめて気づいたような素振りで、不快感を顔に表してたしなめる。


「あのねぇ、このコは……!」


「お待たせしました」

海蘭の言葉にムッとした夜天が、うさぎはメイドではなく、火球の大切な客人だ、と言おうとした時、ウェイターが食事を乗せたワゴンを引いてやってきた。

「お、きた! まぁまぁ、まずは食っちまおうぜ!」


「ん〜♡ 何コレ何これっ! ふわっとしてシュワッとする〜♡ 美味しい!!」

「地球風に言うと、パンケーキとスフレケーキの合体版……みたいなものでしょうか」

やってきた料理を一口食べ、歓喜の声を出したうさぎに、大気が説明した。

「うんうん、なるほど! 確かにカタチはちょっと盛り上がり過ぎて崩れたパンケーキ? でも食感はスフレっぽい!」

「ほんのり甘いけど、お菓子ぽい甘さじゃないでしょ。甘く食べたかったらこのクリーム乗せて食べるんだよ」


「……しばらくお会いしていないうちに、夜天さん、明るくなりました?」

「え……そう?」

普段だったら――説明上手の大気や、盛り上げ上手の星野と一緒の時は特に――口数少ない夜天が、嬉しそうに表情柔らかく話している姿を見て、紫苑が尋ねた。


「あら、そぅお? 紫苑は知らない? 夜天って、クールで、何事に対しても、面倒くさそうだけれど――でもベッドでは意外と積極的なのよね♡」

「ベッ――!?」
「ちょっと!」

海蘭の言葉に、驚愕するうさぎと、真っ青な顔で、二の句が告げない夜天を気にすることなく、紫苑は海蘭を見据えて口を開く。

「あら、私との時はそんなことなかったけれど……。“ゆったりできて、安心で落ち着く”って――前の方とは心休まらなかったのかしら? って私、思ってましたのよ」

紫苑の挑発的な言葉に、ムッとした海蘭が、テーブルに手をつき、ガタッと椅子から立ち上がった。 「なんですってぇーーっ!」

「僕もう帰る」

「えっ、あっ――夜天くん!」

言い合う二人がヒートアップしそうになった瞬間、夜天が怒ったように席を立ち、店を出ていこうと、出入口に向かって歩いて行くと、慌ててうさぎも立ち上がり、その後を追いかける。


 


**********


 


外に出ると、止めておいてあった馬車にさっさと乗り込んだ夜天は、腕も脚も組んで、苛立った心を落ち着けようと下を向き、沈黙している。

後を追ってきたうさぎは、そのものものしい雰囲気に、馬車に乗り込むことをためらい、夜天に声をかけることもままならず、オロオロと中をのぞき込むことしか出来ない。

その肩を、ポン、と星野が叩き、そのままうさぎの前に出ると、キャビンの外から、中を覗き込むようにして夜天に声をかける。


「おーい、夜天……気持ちは分からんでもねーけどさ……」

声をかけてみるが、何を言うべきかまとまっておらず、言葉が詰まる。


「星野。――食事、詰めてもらってきましたよ」

大気が、手に持った、食べ残してきてしまった食事を詰めてもらったらしい袋を軽く持ち上げて見せながら、――あのお二人は喧嘩を続けたいようなので、置いてきました。と言った。


「じゃ、帰るか! あーっと……俺ら、クバルブ操縦すっからさ」

星野は大気の出現にどこかホッとしたような表情を見せ、慌てたように言い、うさぎをキャビンに押し込むと、大気を急かしてクバルブの背に向かった。


 


「……」
「……」

馬車が動き出し、しばらくしても、車内は沈黙が続いている。

やがて、夜天が小さくため息をつくと、つまらなさそうに一言。


「さっきの二人、昔、付き合ってた」


「うん……分かったよ」


また、沈黙。

うさぎには先程の会話で全て分かっていた。

それに、今まで夜天と過ごしてきて、デートの時も、一緒にいる時も、夜天はずっとスマートだった。

なので、きっと自分と出会う前に付き合っていた経験はあるのだろう、と感じつつも、考えないようにしていた。

そもそも自分にだって、衛という恋人がいたのだ。決して彼女がいたことは責められない。けれど――。


「もちろん、2人、同時にじゃないよ」

「うん……そんなことすると思ってなかったよ」


「海蘭が、高等校3年の夏くらいから一年くらいと、紫苑がその後半年くらいかな……」

高等校の最終学年の5年の時には、少ししたらすぐに正式に王宮にあげられ、学校と王宮との往復はなくなり、スターライツとして生きることになったから、と夜天は話した。


「それから……二人ともと、女性経験、ある。ゴメン。――でも、それ以上ないよ」

「――二人のこと、好きだったんでしょう?」


それまで目を合わせずに話していた夜天だったが、うさぎのその質問に、きちんと身を正し、しっかりうさぎと目を合わせて答える。


「うん。付き合っている間は、ちゃんと好きだった」


「――なら、良いと思う。謝ることじゃないよ」

かたい表情だったうさぎだが、夜天の真剣なその返答に、ふっと緊張が解けた。

疑ってはいなかったが、夜天はやはり不誠実な人ではない。そのことが確認できたということで、良しとしよう。

そう、うさぎは思ったのだ。この時は。


 


**********


 


結局王宮に戻って来た一行。

なんとなく気まずい雰囲気を消せないまま、持ち帰った料理を持って、それぞれの部屋へと引き上げた。

うさぎと夜天は食事中も、必要最低限の言葉しか交わさず、まだどこかギクシャクしたままだ。


「あのね、ちょっと散歩に出ても良い?」

食べ終わって一休みしている時、意を決したように、うさぎが言った。


「え、どこ? 一緒に行くよ」

「ううん。ゴメン、ちょっと……気分を変えたいの」


しばしうさぎをジッと見つめると、そこに、少し夜天と離れて気持ちを落ち着けたいのだという意思を感じ取る。

「……分かった。レテを呼ぶから、ちょっと待って」


 


「それで、何処へ?」


夜天からの呼び出しを受け、すぐに飛んできたレテ。

が、夜天と何か行動を共に出来るのかと思いきや、任されたのはうさぎの行きたいところへ、案内して欲しいという護衛内容。

正直、あまり気は乗らなかったが、上からの命令なので仕方がない。

部屋を出発してからしばらく歩くも、うさぎはどこへ行きたいとも言わなかったので、レテの方から尋ねた。


「んっと……。大気さんのお部屋は行っても大丈夫かな」

「――それなら、こちらです」

夜天や星野とは、なんとなく必要以上に親密そうに見えていたが、大気ともなのか――。

キンモク星の最高位にあたるスターライツ全員に色目を使っているかのように感じ、良い気はしないが、レテにはうさぎの行きたい先に文句を言うことは出来ない。


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第一部の、アクアリウムデートの時の伏線の回収がやっとできました……笑



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