平和ボケ
「おーッス!」

ガラリと教室のドアを開きながら星野が現れると、「キャッ」と数人の女子たちから歓喜の声があがる。

昨年、スリーライツとは違うクラスだった女子たちは、まだ有名人が自分と同じ教室に入ってくることに免疫がないのである。


「おはっ――おはよう! ……夜天くんは?」

ガタリと席を立ち、うさぎは星野と大気の元へと駆け付け、夜天の姿がないことを確認して尋ねる。


「おはようございます。もうだいぶ良さそうなのですが、念のため今日までは大事をとらせることにしました」

「そう……」

「なんだよ、おだんご。今日ははえーじゃん」

「うん……夜天くんの具合、気になっちゃって」

「ホントにもう元気だぜ。ンな心配するなって」

星野がうさぎを安心させるため、あえて軽い口調で話すが、うさぎの表情はなかなか晴れず、俯き気味だ。

大気と星野は困ったように顔を見合わせる。


「そうだ。うさぎさん、今日、私と星野は仕事の打ち合わせで――」

大気がうさぎに話し出した時、教室がザワついた。


「“仕事の打ち合わせ” って大気さんっ、スリーライツ活動再開ですか!?」


聞き耳を立てていたクラスメイトのその一声を皮切りに、「ウソ、嬉しい!」「一番初めのお仕事は!?」「そもそもどうして活動休止してたのー!?」と、クラスメイトたちが星野と大気のまわりに群がり、その勢いでうさぎは輪から弾き出される。

「ぅわっ! ちょっとーーーっ!」

あっという間に、自分と星野たちとの間にできてしまった人垣に、うさぎはプンスカと声を荒らげてみるが、その声はかき消されてしまう。


「うさぎちゃん、これは無理よ……」

「落ち着くまで近付けないなぁ」

美奈子が右から、まことが左から。うさぎの肩を、ポンとなぐさめるように叩き、声をかけてくれた。


 


**********


 


「ふぅ……え!?」

リビングのソファの上でうたた寝をしていた夜天。

ふと目が覚め、ため息をついたが、すぐに驚きの声をあげ、飛び起きる。


「なんっ……鍵――どうして?」

「大気さんに……今日は星野と仕事の打ち合わせに行くから、夜天くんがおうちに一人だからよろしくって、鍵預かって……」

驚かせてごめんね、とうさぎは大気から預かっていた鍵を軽く持ち上げ振って見せ、ダイニングテーブルの上に置く。


「どれくらい居た?」

「今来たばっかりだよ。買ってきたもの、ちょっと冷蔵庫に入れさせてもらったりしてたけど」


「そうかぁ……。あー、ダメだな」

手を額に当て、うなだれる夜天。

「え。何?」


「他人の気配には敏感なつもりなんだけど。うさぎだとダメみたいだ。気が緩む」

「うん?」

「例えば、今この家に入ってきたのが星野とか大気だったとしたら、僕はきっとすぐに起きてた」

「……? 起きなきゃ、ダメなの?」

夜天が言っていることを理解できない様子のうさぎ。


「ダメでしょ。いつ何時何があるか分からないんだから。入ってきたのが変なヤツだったらどうするの?」

「あたしだったんだから良いじゃない」

「今回はね。でも平和ボケしちゃ、やっぱりダメだと思うから気をつける」

「平和ボケ。しよーよ♡ だって今、平和なんだよ? 戦わなきゃいけない敵もいないし。そして夜天くんが近くにいる♡ あたし幸せ!」


「――……」

明るく言う脳天気なうさぎに、呆れたような表情で言葉をなくしていた夜天だったが、ちょいちょいとうさぎに向かって手招きをした。


「ん?」

うさぎが近づいてくると夜天は軽く足を広げ、それによってできたソファの空き場所をぽんぽんと軽く叩いた。


「!」

膝の間に座れと指示されていることに気付き、頬を少し赤らめながら、うさぎは夜天の前にちょこんと腰掛けた。


きゅっ――と後ろから抱き締められる。

その腕に、うさぎは嬉しそうにそっと手を添える。


「夜天くん。昨日ね、きちんと起きてる夜天くんに言えなかったからね」

「何?」


首をまわし、夜天ときちんと目を合わせ、にっこり言う。

「おかえりなさい」


「――ただいま」

ふっと微笑み、夜天がうさぎの唇にキスを落とそうとすると――

「そうだっ♪」

うさぎは楽しげに立ち上がり、ダイニングテーブルの近くに置いていたバッグをいそいそと取りに向かう。


「……」


「夜天くん、これね、あの……」

少し恥ずかしそうな表情を見せながら、うさぎは夜天に向かってラッピングされた包みを二つ渡す。


「え、何。開けていいの?」


こくこくと頷くうさぎ。


「こっちは、バレンタインチョコで、こっちは夜天くんのお誕生日プレゼント。 2月に入ってすぐ、もしかしたら地球に戻って来られるかも、って考えたら用意しちゃったの」

夜天が開く包みを順番に指して説明するうさぎ。

「チョコは、手作りじゃなくて買ったものだから、賞味期限までまだまだあって……結構日持ちするんだけど、なんとなく気になるから早めに食べてね」

夜天でも食べられるように、ビターにしたよ。と付け足すうさぎの話を聞きながら、夜天はチョコレートの箱をひとまず脇に置くと、次の包みも開ける。


「うわ、黒い腕時計。かっこいいじゃん」

チャリ、と音を立ててステンレススティールベルトの腕時計を取り出した。

「ほ、ホント? 良かった!」


「ありがとう」


「良かったぁ……細みの、革のベルトのと迷ったの。でも夜天くん……通信で話してる時、 たまに “また筋肉ついた気がする” とか “ガッシリしたでしょ” って嬉しそうに言ってたから」

少しゴツっとしすぎかな、って心配したけど、男の子っぽいのにしてみたの、と続けるが聞いてない様子の夜天。


「ヤバイ、すごい嬉しい……」


「気に入って……もらえたなら嬉しい、ナ」

「ありがとう、うさぎ。嬉しいよ、大事にする」

微笑んだ夜天がうさぎの腕を引き、近づけた頬に口付ける。

そのまま耳にそっと、唇を寄せた。

「うさぎ……今日は泊まり?」

「ううん。星野と大気さんがお仕事が終わって帰ってきたら、帰るよ」


夜天の瞳が大きく見開かれる。

「はぁっ? 昨日の今日でそれはナシでしょ!」


「えっ、えっ、だって今日木曜日だから、あと一日学校あるし」

うさぎは夜天の剣幕に驚く。


「明日の用意持ってきて、こっから行けばよかったじゃん」

「……」


「なんだよ、もう。……じゃあ――うさぎからキス」

「えっ!?」

夜天が指差したのは、唇。

「あ、あの……でも、その」

「だめ?」

「うぅ……っ」

雨の中、段ボールの中から見つめてくる捨て猫のような顔をされ、うさぎは怯んだ。


「め、目……閉じてくれる……?」

意を決して夜天のほうへ向き直ると、その瞼は静かに閉じられた。

ドキドキと高鳴る胸をおさえ、深呼吸を繰り返してから、そっと夜天の頬に自分の両手を添える。

“大好き” の気持ちを込めて、夜天の唇に自分の唇を重ねた。


「ずっと傍にいてね」

唇が離れ、お互いの視線が絡み合うと、うさぎは夜天に言った。

夜天の瞳が優しく細められる。


「仰せのままに、我が姫君」


言ってうさぎの手を取ると、指先に軽く口付けを落とした。

くすぐったくて笑ったうさぎを、夜天がそっと抱きしめる。

そうして二人は幸せそうにくすくす笑い合ったのだった。


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皆様、台風の影響はいかがですか。ここに来てくださっている皆様がご無事でありますように。。。
不安な時を過ごしている方。少しでも気が紛れると良いのですが。



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