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おら家の前の
しょどもや
正月いいもんだ
唐土の鳥も
正月は門に
向こうお山で
一人でさびし
ひとよふたよ
一かけ二かけ
10 伊勢や
11 羅漢さん
12 地獄・極楽
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15 つぶ
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17 あらぐろ
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参考

『道は六百八十里(軍隊ぶし・兵隊ぶし)』

「一列談判破裂して…」
の元歌と思われる曲です。

作詞: 石黒行平 
作曲:(三善和気)

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「道は六百八十里」については、『永井建子が作曲したが、やがて三善和気作曲の「出征」のメロディーを借りて歌われるようになった』…とする説がありますが、逆に、『三善が、軍隊内で流行していたメロディーに手を入れて「出征」の曲として使った』とも言われています。

国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている曲集・歌詞集などの資料を見ると、明治30年代までは、永井が作曲したものやそれに近い楽譜が「凱旋」「道は六百八十里」として掲載されていますが、 明治40年代以降は「いちれつ談判」と同じ「軍隊節」のメロディーで、アコーディオンやハーモニカ用の曲集などに掲載されるようになっています。





これについては以下の本に、「永井の解説」「真下飛泉の註」及び「編集者の概説」として次のように記されています。


≪参考図書≫

「童謡唱歌名曲全集続編1」

明治回顧 軍歌唱歌名曲選
編集者 堀内敬三
発行所 京文社(昭和7年1月25日発行





十七  凱 旋(道は六百八十里)

(編集者の)概説

明治廿四年五月の「音楽雑誌」に此の曲譜が初めて発表された。作曲者は当時陸軍軍楽隊の楽手であつた永井建子君であるがその後此の曲は非常に誤り伝へられて所謂「軍隊ぶし」になつてしまつた。(その節は本集第六五に記した「出征」に使はれてゐる。)こゝには作曲者から送られた正しい原曲と解説とを載せる。


作曲者の解説

…(前略)伝播力の旺盛なりし丈け夫れだけ訛伝に虐げられ、遂には聞くに堪え難いものとなった。依ってここに初期の整しい節調を挙げて将来を過らしめざると共に、適当の機会として更ためて史実を爾く詳らかにして置く。(永井建子)

--------------------------------------

六五  出 征

作詞者の註

曲譜は三善和気君が軍隊で流行ったものを少しく改めて作られたのであります。内容的には甚だ相応したものと信じます。


(編集者の)概説

 此の歌は真下飛泉氏作詞、三善和気氏(現に宝塚音楽歌劇学校講師)作曲に係る。しかし此の曲は作者もことわってゐる通り軍隊ぶし(道は六百八十里)をそのまゝ譜にしたと云ふていどのものである。初版は明治卅八年七月廿七日に出てゐる





永井建子の「道は六百八十里」、及び「出征」のページもご覧下さい。




≪参考文献≫

「日本のうた」第1集明治・大正

編集:野ばら社編集部
発行所:株式会社野ばら社
(1998年6月1日初版発行)


「童謡唱歌名曲全集続編1」
明治回顧 軍歌唱歌名曲選

編集者 堀内敬三
発行所 京文社(昭和7年1月25日発行)




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『道は六百八十里




道は六百八十里 長門の浦を船出して

はや二(ふた)とせを故郷の

山を遙かに眺むれば

曇り勝なる旅の空

晴らさにゃならぬ日の本の

御国(みくに)の為と思いなば

露より脆(もろ)き人の身は

ここが命のすてどころ

身にはたま傷(きず)つるぎ傷




負えどもつけぬ赤十字

猛(たけ)き味方の勢いに

敵の運命きわまりて

脱ぎし兜(かぶと)を鉾(ほこ)の尖(さき)

さしてぞ帰る勝ちいくさ

空の曇りも今日晴れて

一際高き富士の山

みねの白雪(しらゆき)消ゆるとも

てがらを立てしますらおの

ほまれは長く尽きざらん




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