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ジョナサン・リッチマン・インタビュー PART 4

これは2004年2月6日付けのオレンジカウンティ(南カリフォルニア)の新聞 『OCカウンティ』に掲載された記事です。
短いインダビューですが、新譜の情報が聞けますよ!

ジョナサン・リッチマンは最近Aqnazarという名のタジキスタンの時代を超えた歌手/アコーディオン奏者の音楽を聴いている。 AqnazarのCDは簡単に捜せる物ではないので、もし興味があったら、このフランスのサイト(www.budamusique.com )で買えるかもしれないと言う。

ジョナサンが wwwドット...の部分を言い終わらないうちに、まわりから笑いが出た。 なぜなら彼の口からすらすらとサイトのアドレスが飛び出るなんて信じられないからだ。 ジョナサンはコンピューターに関心が無いし、使った事も無いらしい。 僕は彼からコンピューターに関する言葉を聞いたことは今まで無かった。
Aqnazarのどれも良い、と彼は言う。

時代は変わる。 ジョナサンと彼の長年のドラマーであるトミー・ラーキンが、サンタ・アナのジプシー・デンに日曜と月曜の二日間に渡り、ベンツに乗ってやって来たのは、古くからのファンはビックリしただろう。 ジョナサンは高級品には興味がないはずだ。 しかしこれにはわけがあるらしい。

『これは古いディーゼルエンジンで動くベンツなんだ。 バイオ・ディーゼルで走るんだよ。 700ドルかけて転化すれば、純粋な植物性のオイルでも動くんだ。 でもこのバイオ・ディーゼルって呼ばれるガソリンも使える。 それはほとんど植物油とアルコールで出来ている。 だから、石油を全然使わないで走っているんだ。 車庫でガソリンをこぼしてしまって、それを動物がなめたとしても大丈夫なんだよ。 毒じゃないからね! どうだい、スゴイだろ!』

バイオ・ディーゼルとは排気ガスを出さず、海外からの輸入に頼る必要も無い新しいエネルギー(主にトウモロコシと大豆から作られる)で、ジョナサンが言うには揚げ物の匂いがするらしい。

ファラフェル(アラブの豆で出来てるコロッケ)の匂いがするの?

『それには転換機がいるよ。』

以前僕はジョナサンはバカかと思っていた。 70年代の終り頃、アナハイムのベガーズ・バンケットのレコード店で、ジョナサンのビサークレーから出されたアルバムを一枚一ドルで積んでいた。 その中の一枚を開けて聴いてみたら、 なんと僕たちは客と一緒に楽しく笑い出していた。 このナイーブなシンガーは「ちっちゃな恐竜ちゃん」とか、「真の愛」とか、「僕らの人生の夜明け」とかを歌っているのだ。 ハハハ。

そしてある日、 ジーン・スコット牧師を長い間観察してふと悟りを開くみたいに、突然僕は気付いた。 この人は実は僕なんかよりもずっと頭が良いのではないかと。 僕がロックンロールの中で大好きなものは全てそこにある。 魔法、冒険、リズム、ミステリー、ふれあい、 鎧をつけない感情、カッコつけない率直さ。 ジョナサンは人生を解明した。 彼の曲『アフェクション』で人生に必要なものは何かを歌っている。そのテーマは今度 Vaporレコードから出るCDタイトルにも繰り返されている。 そのタイトルとは『 Not So Much to be Loved as to Love』(自分が愛するほど愛されてない)である。

80年代の初期に僕が初めて彼にインタビューをした時、まず最初に彼が言った言葉は、『これがインタビューっぽくなり始めたら、僕は電話を切るからね。』だった。 彼の歌はオープンで飾り気が無く率直だけれども、インタビューは全くそうはいかない事は有名だ。 記者の偽った報道や先入観はもちろんのこと、彼の曲とそれを聴く人の間で邪魔するものは全て介入出来ないようにガードを固めている。

最近出たDVD『テイク・ミー・トゥー・ザ・プラザ』では 『ナット・イン・マイ・ネーム』という曲で、イラク戦争に反対の意を示している。 今週の火曜日には ハリウッドで「ボイス・オブ・デモクラシー」というチャリティ・ショーでプレイをする。 そこでは『The Whole Truth About the Iraq War,』(イラク戦争における真実)というドキュメンタリーも上映される。 ジョナサンはノーム・チョムスキーやダスティンホフマンにならんで反戦運動グループの一覧に名前を載せる。 ( www.vodemocracy.org.のサイトに詳しい情報があります)

彼はブッシュ政権が世界に押し付けた戦争について『自分の名前は外してくれ』と言う。 時事問題を曲にするなんて、自分でもビックリしていると言う。 『僕が曲の中でやらなきゃいけない事は、自分の感情を伝える事だ。 それを今までずっとやって来た。 僕が感じてることなら、たとえ何について歌っていても、僕のスタイルだ。』

長い間北カリフォルニアの山奥に住み、つい2、3年前に海岸地帯に移ったジョナサンは 音楽仲間と付き合ったりして新しい音楽のスタイルを吸収するかたわら、反戦運動にも参加し、そこでの生活を満喫している。

『実際に関わる事は、ただそれを新聞で読むよりも、ずっと満足感を得られるよ。 新聞を読んだりテレビのニュースを見ているだけでは、アメリカが実際どうなってるのかがわかるとは思わない。 小規模な団体がお互いに助け合えば、もっと結束出来るし、情報交換も可能になるし、大きな力となると思う。 マーチン・ルーサー・キング記念日に、南カリフォルニアのセイフウェイでストライキをする人達を港湾労働者達がサポートするのを観れてすごく良かった。 でもテレビではあまり報道されなかったよね。』

いい事がたくさん行われている。 メディア・メンジャミンは「グローバル・エクスチェンジ」という団体の一員だ。 いろんな活動の中で、この団体は店で売られる商品の生産者がきちんとした収入を保証する。 公平な貿易だ。 でも自由貿易と間違えないで欲しい。 他の国の人々がいかに公平な収入を得るのが困難かという事実を学べば、それに責任を感じるアメリカ人が何人か出てくるんだよ。』

なぜウォル・マート(アメリカの代表的スーパー)は世界の動きと逆方向に回転しているのかという事を聴いてみると、ジョナサンは軽くこう答えた。 『そうだね。 でもみんながあそこで買い物をするのを止めれば、ウォル・マートは経営困難になって行くはずだ。 宣伝やロビー活動をやってるからって、企業側だけを非難出来ないよ。 企業がそれを出来るのはそれだけの財政力があるからであって、みんながあそこで買い物をするからなんだ。 アメリカの大型量販店を支持してるのは僕らなんだよ。 その方針が嫌なら、そこで物を買ったりしない事だ。 だから僕は今バイオ・ディーゼルを運転しているんだ。』

僕たちはローリングストーンズの60年代のコンサートのブートレッグDVDの話をする。 マラカスがまだ広く使われていた事などを話す。 あの時代がいかに楽しかったかをしみじみ考えると感傷的になる。

ジョナサンの曲は過ぎ去った日々を懐かしむノスタルジックなものが多いが、 彼はそれを取り戻したいとは願いに駆られてるわけではない。 ジョナサンがシエラ山脈の山奥に住んでいた時、かなり離れたお隣さんが、偉大な活動家のユタ・フィリップだった。 人種差別や女性の権利を主張し、有機食品を提言していた彼はこう言った。 『たぶん僕らは知らないうちに勝利を獲得してたんだ』と。

『その言葉を、そのまま僕は心に留めている』とジョナサンは言う。 楽しいと思われる時代をあげてみてごらんよ。 ストーンズのあのステージは1963年か64年頃だろう? あの頃はまだ黒人歌手はラスベガスのホテルで歌えても、宿泊は出来なかったんだよ。 プリーダム・ライダー達(60年代の南部の人種差別廃止活動家団体)は南部で殺されていたんだよ。 それに比べると何かは絶対良くなっている。でも多くの事が以前より悪くなってる事も確かなんだけどね。』

もちろんメディアは変ったのは言うまでもない。 民法のラジオでまた良い音楽が聴ける日が果たして来るのだろうか。

『だからどうだって言うんだい? 自分達で出来る事はたくさんあるよ。 自分の家でショーをすればいいんだよ。 いつだって解決方はある。 ガッカリしている場合じゃないんだ。』

『Not So Much to be Loved as to Love 』は4月か5月にリリースされるらしい。 それはジョナサンのナイロン弦のギター、トミーのドラム、それに素晴らしいトム・ウェイツのバンドマンのラルフ・カーニーのホーン、そしてMiles Montalbanoのベースが聴けるらしい。 アルバムは独自の雰囲気を持っているよ、とジョナサンは言う。 そしてジョナサンのライブを見たことがあるなら、ジョナサンの独自の雰囲気についてはもうわかってると思う。

『どんな曲を入れたの?』

『イタリア語で歌ったり、フランス語で歌ったりしてる。 英語の曲もいくつかある。 今言えるのはそれだけ。』

ちょっと待って。 ライブと比べるとCDの良さを教えて?

『ポケットに入れられるってことだね。』

記事タイトル "Jonathan Richman, Citizen
The modern lover lives in the modern world"
by Jim Washburn より


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