2style.net

 

 

Jonathan Richman Interview Part5

このインタビューは2004年の菜食主義の専門誌『Herbivore』の秋の号に載っていたものです。

 

ジョナサン・リッチマンは完璧に場を司る。 薄暗いライブハウスで、汗をかきながらステージに立つ彼は、常に真剣さと誠実さを忘れないのだが、サウンドの担当者は、どこにいるのかわからない。 まるで子供がスイッチをいたずらしているかのように、マイクが入ったり入らなかったりしているにもかかわらず、ジョナサンは歌い続ける。 そしてついにマイクを離れ、会場に向かって歌いだす。 サンフランシスコのミッション地区にある『the Make Out Room』はジョナサンにとって自分の家のみたいだ。 フラメンコギターを横に置いて、左手の指を広げて腰に当てる。 まるで見えないフラフープがあるみたいに、ジョナサンは腰をくねらせて踊る。 彼は熱い。 いや本当に熱いのだ。 会場は40度近い熱気が漂う。 と言うのも、ジョナサンは冷房の換気扇の音が嫌いなので、冷房を止めているからだ。 ジョナサンに文句は言わないけど、僕のシャツは汗で身体に張り付いている。 どういうわけか、ジョナサンのシャツは張り付いていない。  あれだけ踊っているというのに余裕である。 もう30年もライブを続けているジョナサンにとって、こんなことは平気なのだろう。 

ジョナサンはベルベットアンダーグラウンドに触発されて、ボストン周辺で16歳の頃から歌い始めた。  3年後の19歳の時にモダンラバースを結成しVUのジョン・ケールと共に、デモテープを録音した。  当時は気づくまでも無かったが、実はパンクロックの初歩の段階を築いたのだ。 そしてあの時代にもうひとつ新しいことを始めた。 友達になったクラブの清掃夫に感化されて菜食主義者となったのだ。 それから今までずっと菜食主義を続けている。   長いキャリアの間、世界中を何度も回り、2ダースものアルバムを出している。 最新のNot So Much To Be Loved As To Love (Vapor/Sanctuary)は彼の傑作のひとつだ。 ジョナサンを知らない人でも、ファレリー兄弟のロマンスコメディ映画『メリーに首ったけ』で、ドラマーのトミー・ラーキンと一緒に歌のナレーションをしているのを観ていると思う。  そして皮肉なことに、ある場面では屋台でホットドッグを売っている。


初めて僕がジョナサンに会ったのはサンフランシスコの小さな店だった。 彼のワイフが靴を選んでいる間、鼻歌で同じ節を繰り返していた。  ジョナサンがビーガンドーナッツ(動物質食品を用いないドーナッツ)は食べていた。  食べ終わった後僕に 『マット・ゴンザレスについてどう思う?』と聞いてきた。 (マットはサンフランシスコ市議会の管理委員であり、サンフランシスコの市長に緑の党から立候補している。)  ジョナサンは資金集めのコンサートをやったりして、公的にマットを支援している。 僕たちは市長選や今の大統領やそのほかの政治問題について話した。 彼はとっても政治に関心を持っている人間だけど、それをあまり公にはしない。 『テイク・ミー・トゥー・ザ・プラザ』のDVDでイラク戦争について批判したが、政治的な曲を作ったのは最新アルバムの中の『Abu Jamal,』が始めてである。 スローなオルガンが奏でるこの曲は、死刑反対を提唱する作家で、囚人であるアブ・ジャマールのことを歌っている。 ジョナサンは自分が信じる何かがあれば、街中に出て行ってビラを配ったりするタイプであるが、ドグマを掲げて貫くタイプじゃない。 彼のイデオロギーはどちらかと言えば楽観的だ。  彼は人生は美しいものだと信じている。 おそらく少しは悲劇もあるのだろうけど、『スプリング・タイム・イン・NY』や『リリーズ・オブ・ザ・フィールド』や『ダンシング・イン・ア・レズビアンバー』が彼の世界だ。 美は我々の目の前にある。 それをジョナサンは歌で僕らに気づかせてくれるのだ。 (その歌はスペイン語やイタリア語だったりもする)。 

爽快なサンフランシスコの夏の日、僕の店でジョナサンは政治や、発言が出来ない物たち(動物や空き瓶やオート麦)などについて話してくれた。 そしてジョナサンが言うようにジャムばかりで飽きるのなら、『レーズンを入れてみてごらん、王様の食事になる』 ということなのだ。


ビーガン(卵、チーズ、牛乳も取らない菜食主義)であること。

 

Zum:自分自身を菜食主義者だと思ってますか?

 

JR: 素晴らしい質問だね。 今僕はね、ビーガンだと思うよ。 100%徹底しているわけじゃないけど。 たまにどこかに行って、誰かのお母さんが、何かを作ってくれるだろ、台所でエプロンをして何時間もかけて、客である僕のために何かを作ってくれるんだ。 そういう時に、『すみません、動物性マーガリンを使っていますか?  僕は植物性油じゃないと食べませんから。』 なんてことは言わないよ。 できる範囲でやっているんだ(笑)。 自分で作るときはビーガンだね。

ツアーをしながらもどうやってビーガンを続けていられるか教えてあげようか。

 

Zum:ツアーをしながら菜食主義でいることは大変ですか?

 

JR:いいや、昔よりはすごく楽になったよ。 70年代のドイツなんか、どこに行ってもソーセージ、ソーセージ、またまたソーセージ、そしてサワークラウトだったからね。 随分楽になったよ。 今ではどの国に言っても、角に自然食料品店があるからね。 もし無かったとしても、自分で何か持っていくこともできるし。  たとえば袋にオート麦を入れて行くとか。 ただお湯を加えるだけでできるんだ。 火にかけなくても、オートミールが食べられる。  茶碗とオート麦、海塩...、そこにお湯を注げば食事ができるのさ(笑)。 そこにちょっとレーズンを散らせば、王様の食事だよ(笑)。

 

Zum:菜食主義をはじめようと思ったのはいつですか?

 

JR: 17歳のとき、僕よりも年上のある人物に出会った。 彼はおそらく24か26ぐらいの年だったかな...。 彼は僕が良く行くライブハウスの清掃係で、その後、生涯の友となったんだけど、彼は僕に、『菜食主義をやろうと思ったことないか?』なんて聞いてきたんだ。 僕は『ないけど、そんなことできるの? 生きていけるの?』って聞いたら彼は、『もちろん。』って言うんだ。 『飢え死にしたりしないの?』って聞いたら、『しないよ、』って言う。 それに彼は筋肉隆々の体格で、『俺は菜食主義なんだぜ。』って言うんだ。 僕は、それは素晴らしい。って思ったんだ。 そして僕も始めたんだけど、はじめは菜食主義の初心者が良くやる、ヨーグルトに砂糖をたくさん入れて食べるという間違いを犯した。 フルーツの味がついててたくさん蜂蜜が入っているようなヨーグルトだよ。  だって、毎日生のにんじんなんて食べたくないだろ。  それに肉を食べないのなら、乳製品に走ってしまう。 なぜか砂糖がたくさん入っているような乳製品を食べ過ぎてしまうんだ。  それは身体にあまりいいことじゃなかった。  砂糖の取りすぎて病気になるのじゃないかと母親に言われた。 その通りだった。 それが僕の菜食主義の初期のころ。  それからは、まあ適当に菜食主義をやっている。


スペインでヒヨコマメを買う

 

Zum:あなたはスペインが大好きで新しいアルバムでも何曲かスペイン語で歌ってますよね。 でも菜食主義を解ってもらうのに一番大変なのはフランスだと僕は感じるのですが。

 

JR:そうだよね。 フランスで、友達が僕を自分の知り合いのレストランに連れて行ってくれたときのことを思い出すよ。 あの友達はもう二度とあのレストランに連れて行ってくれないだろうな。  彼はとっても恥ずかしかったみたいなんだ。 みんながすぐ気を損なうんだ。 僕の人格さえ疑うんだ...、彼らにとっては大事なんだね(笑)。  型に嵌っているんだ。 変わっては来ているんだけど、まだまだ保守的だ。 それはレストランにいえる事で、食料品店でオート麦やヒヨコマメを買うには何の問題もないよ。  よい食品がたくさん揃っている。 レストランでは『この人は気分を悪くするだろうか?』という社交上の問題があるから難しい。  たいていの場合、シェフは期限を損ねる。 でも食料品店の店員は僕がヒヨコマメを買ったからって気を悪くしたりしないよね。

スペインには新しいビーガンのレストランがいくつか開店した。  僕はサラマンカのビーガンレストランに行った。  マドリッドにも何件かある。 それにスペインでは闘牛に反対する記事も新聞で見たりする。

 

Zum:そういう風に変化して来てると思いますか? 

 

JR:思うよ。 スペインはすごく変化した。  新聞の社説面にも良く載っているよ。 長文でね。

 

Zum:人々と話してもいい反応を得ますか?

 

JR:実は誰ともそれについては話していない。 ただ新聞で読んだだけ。  でもバルセロナは闘牛廃止を決議したし、多くの支持を得ているよ。  まだ法的に義務つけられてはいないけれど、決議させるだけの大衆の支持を得ているんだ。

 

大統領

 

Zum:厳しい時代ですよね...、特にブッシュ政権下のアメリカは。 でもアメリカの意見(イラク戦争などの)は、常に国民ひとり々にあると感じているのですが。  ブッシュがやることは変えることができないけれど、自分自身が公平さをもって振舞えば、アメリカ人として誇れるのではないかと思ってますけど、私の言っていることわかりますか?

 

JR:わからない。 だって誰が大統領かということが過度に強調されるから。  僕らはかなり長い間こういう状況にいたと思う。  大統領によって演説の上手下手はあるけれど、やっていることはあまり変わらない。  どの党が当選しようとも根底に布かれていることは同じだ。

 

Zum:どうしたらよいのかわかりませんね。  公民権を剥奪されてしまったような気分ですか?

 

JR:そうだね。 ポール・マッカートニーは菜食主義は環境にしてあげられる一番良いことだと言っている。 他人のすることに自分がどれだけ影響出来るのかはわからないけど、でも自分で何かをすることはできるよね。

 

農業動物サンクチュアリー(工場式畜産に反対する家畜動物保護施設)

 

Zum:あなたはオーランド(北カリフォルニア)の農業動物サンクチュアリーに行ってましたね。  そこでの経験はどんなでしたか?

 

JR:農業動物サンクチュアリーは素晴らしかった。  動物と一緒にいると何か自分の内面が変わるような気がする。 一緒にいると静かな気持ちになる。 あそこの動物達は、屠殺の運命というに過酷な環境におかれてないから、安らかな雰囲気なんだ。 とてもよかった。 行ってみることを薦める。

 

小公子

 

JR:アメリカツアーに出るときどうやってビーガンの食料を手に入れるか話してもいいかい?

 

Zum:もちろんです。

 

JR:オーケー。 (ツアーに出るときは)こんな感じ。 まずパッキングを始める。 いろんなものを入れる。 オート麦、豆の缶詰、車で行くならコーンチップスとかいろんな種類のスナック。 インスタントのホムス(中東料理のヒヨコマメとゴマ油のペースト)、あのお湯を注ぐだけでできるやつね。  あとはガラスのボトルに入った水を手に入れるだけ。 今はバンに乗ってツアーをしている。  そのバンは随分長いこと乗っているんだけど、 一ダースもの水のボトルを積めるスペースがあるんだ...、そして水は...良質のものでなくちゃいけない。  だから僕らはテキサスのオースティンにあるエコワイズという会社にフィルターを注文する。  この会社の電話番号は512-326-4474 (笑)だ。 フィルターを注文するとき、『ジョナサンの使っているのと同じもの』って言えば、君にもすぐ送ってくれるよ(笑)。  そのフィルターはMTBEも濾過してくれるよ。 

MTBEは飲料水にも含まれているんだよ。  カリフォルニアのようなスモッグ汚染の激しい地域には、MTBEがガソリンに加えられている。 かなり前から危険性を問われているのだけれどいまだに使用されているんだ。  井戸水や帯水層に流れこんでかなり危険なんだ。  帯水層では東はカンサスまで浸透しているらしいよ。  そんな水はいらない。 MTBEを濾過する水を手に入れることを勧める。

 

ビジネスチャンス

 

JR: サンフランシスコでマクロビオティックがあまり知られていないことにはびっくりしたよ。  サンフランシスコはマクロビオティックの食品とか書店とかレストランとかはまだまだ少ないから、もし何かビジネスをはじめたいのならいい分野だと思うよ。

  

Zum:あなたはそういうことをやってみたいと考えているのですか?  ビジネスを始めるという...、

 

JR:それはわからない。 未来のことは誰もわからない。 僕はいまだにギターを弾く練習に忙しいんだ...(笑)。ほんとうだよ。

 

               END

 


ジョナサン・リッチマン・リポートに戻る



トップページへ