2style.net

2005年6月13日
ローカル506  /ノースキャロライナ州チャペルヒル

 
ジョナサンのコンサートに行くのは3年ぶり。
実は毎年私の町に来ていたのだけど、日本に帰ってて観そびれたり、引っ越しをしてすれ違ったりで 悔しい思いを繰り返していた。 でもまたジョナサンが観れる。 待てばきっと会えるとはこのことだ。
今回は夫と、夫の大学時代の友人ジェフと3人で行く。 ジェフはボブ・ディランの大ファンで、モダンラバーズはファーストだけレコードで持っていると言う。
ギグは9時からで前座は無しなので、急いで駐車場でビールを2、3本空け、チャペルヒルの 『ローカル506』に駆けつける。 チケットはたったの10ドルで、ジョナサンのコンサートは10年間値上げ無しだ。
このヴェニューはノースキャロライナ大学の隣で、案の定、列を作って並んでいるのは、 20代前後の子供ばっかり。
ふと、私はこの子達が生まれる前からジョナサンを聴いてるのだな、と思う。  でもそれは誇っていいのか、悲しいのか、よくわからない...。
『ローカル506』はボロボロの小さなライブハウスで、会場がとっても狭いこともあってほぼ満員。  どこに立ってもステージは良く見える。
ライブはなかなか始まらない。 おかげで、私たちはバーで生ビールを買って飲み続ける。
急にエアコンが止まる。 おかげで会場の空気はどんどん熱くなる。(比喩じゃなくて温度が実際に。)  バックドアからジョナサンとトミーが出て来たのはすでに10時もまわった頃。  あ、なんか年を取っている、ジョナサン...。
赤いシャツとジーンズ、そして、カンフーシューズを履いたジョナサンは以前に比べて小さく見える。  悲しいような、困惑したような顔はいつものことだけど、今回はそこに疲れが加わったような気がする。
実を言うと、ジョナサンの外的変化に私はちょっと動揺してしまい、オープニングの曲はなんだったか、忘れてしまった。 記憶によるセットリストは以下だけど、順番は定かではない。  たぶん、もっと歌ったかもしれない。

He Gave Us The Wine To Taste It
エジプシャンレゲエ
チャイニーズフォークソング
Give Paris one more chance
Let her go into the darkness
The Night Is Still Young
Con el Merengue
Cosi Veloce
Girlfriend
Springtime in New York
レナード・コーエンの曲(曲名は忘れた)
The Lonely Little Thrift Store
The World Is Showing It's Hand
Take me to the Plaza
Les Etoiles
last: I Was Dancing in the Lesbian Bar
アンコール:not so much to be loved as to love

エジプシャンレゲエ、 チャイニーズフォークソング、とインストであれ、 古い曲をやってくれるのがとってもうれしかった。 私はジェフに『この曲(エジプシャン・レゲエ)は唯一ジョナサンの、 イギリスのトップ10に入った曲なんだよ〜、(信じられないけどさ、)」って教えてあげる。
同じく古い曲、『Give Paris one more chance』を歌っても、 今回は会場からの歌声が全く聞こえない。  きっと、ジョナサンをほとんど知らない人もかなり来ているからだと思う。  だってチケットが10ドルというカバーチャージみたいな値段だもの。  しかし、初めてこの歌を聴いたにしろ、会場はその歌詞の内容に かなり受けていた。
  『Let her go into the darkness』も会場は大受け。 フランス語、イタリア語、フランス語で歌うジョナサンに爆笑。  各言語で歌った後に、 『...Just let her go into the darkness. (危険な目に遭ってもいいなら好きにしろ、のような意味)』 と捨て台詞のように言うのがたまらなくおかしいのだ。 一番最後に、ジョナサンの口から日本語で出た。  『よしこ、話がある...』、そのあと、 『...Just let her go into the darkness.』と続くとまた会場大受け。  怪しい外国語と捨て台詞がかもし出す微妙なおかしさ、間の取り方、 30年もライブをやっているジョナサンならではのパフォーマンスだ。
『The World Is Showing Its Hand』や『He Gave Us The Wine To Taste It』 でも笑いを取っていた。  ジョナサンを知らないで来た人は、きっと彼をお笑いの人と勘違いするかもしれない。
エアコンが止まったせいで、ジョナサンは汗びっしょり。  実は後でわかったことだが、ジョナサンの希望でエアコンは止められたらしい。
『10分の休憩にしよう。 外に出て新鮮な空気を吸おうね。』 と言って、ジョナサンはバックドアから出て行く。  みんなも暑さに耐えかねて外に出る。
外ではジョナサンの周りに輪が出来、みんな話をしたり、写真を撮ったりし始めた。  私も何か話さなくっちゃ、というプレッシャーに駆られジョナサンに接近する。  他の人と話してたけど、直ぐに私の存在に気づいてくれた。  それは単純に、私が白人の中の唯一得体の知れない東洋人だからだと思う。  とたんに私の口から出たのは、『日本にライブをしに行く予定はあるの?』だった。
あぁ、また同じこと聞いているよ、私。  直ぐに自分の国籍をアピールして、印象付けようとする嫌な癖だ。
『日本はもう何度も行ったよ、いいところだね』(質問に答えてない。)
『来年、再来年?』、としつこく聞く私。
『多分ね、』、とジョナサン。
すると、脇から男の子が割り込んで、ジョナサンに油絵を渡す。
『僕が描いたんだけど、是非受け取って欲しい』と言う。  暗くてよく見えないけど、余り上手くない静物画だった。
それを受け取ると、ジョナサンはまた私に、
『日本のどこの出身なの?』と聞く。
『多分聴いたことないと思うけど、新潟というところ。  フジロックフェスティバルを知ってます?』
『名前を聞いたことはある』
『そのフジロックが開催されるところです。』
そこで他の人に割り込まれ、会話はおしまい。
あぁ、なんで私は自分のことしか話さないのだろう? と悔やむ。 もっと他に聞いてみたいことがあるだろうに。
ジョナサンはいま、どんなバンドが好きなのかとか、 赤い州(共和党支持の州)に来ての感想とか、 新しいアルバムのこととか...。
またライブハウスにぞろぞろ戻り、後半を開始する。
夫とジェフはバテて、後ろの方で座り込む。  ジェフは暑さに耐えかねて、とうとうライブの終了前に帰ってしまった。  私達三人はやはりここにいる学生たちとは体力が違う。 おまけに明日も仕事があるし。
最後のレズビアンバーでやっと、会場も歌い出す。  今はこの曲がジョナサンの人気のスタンダードナンバーになっているらしい。 それが終わってアンコールの声援がでると、
『次は感傷的になってあげるね。(I'll be emotional to you next.)』
と言ってうたったのが Not so much to be loved as to love。
愛されるよりも愛することの方が大事、 これも『アフェクション』などの曲にも託されている、 ジョナサンの繰り返し伝えるメッセージのひとつ。
ジョナサンは同じテーマで何度も何度も新しい曲をつくる。  それはたぶん、常に新しい観客のために歌うからだと思う。  古いファンに古い曲を大サービスをするリユニオンコンサートでは無いのだもの。
ジョナサンを知らなくとも、ライブに来て、曲を聴いて、歌詞に笑って、 ついでに、ジョナサン踊りに笑って、楽しい時を過ごして帰って行く。  それがジョナサンライブなんだと思う。
一期一会の気分で楽しんでいるみんながうらやましくなった。  私はジョナサンを余りにも長く知りすぎていて、 どこか昔のジョナサンを期待しているところもあって、 おまけに今回はジョナサンが疲れているように見えて、 純粋にライブを楽しむことが出来なかった。
でも、2年前に見たストーンズのように、20年間レコードを買っていなくとも ライブで歌う曲はみんな知っている、なんてのもイヤだ。
ジョナサンは常に最新で、予想がつかないけれど、 ひとつだけ確実なのは、また絶対会う機会があるということ。  絶対ジョナサンはライブを止めない。  それだけでこの世は私にとって安心できる場所となる。  それではまた来年。


ジョナサン・リッチマン・リポートに戻る